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日本で唯一塀のない刑務所から脱獄 解説・沖田臥竜

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日本で唯一塀のない刑務所から脱獄 解説・沖田臥竜

『8日午後7時5分ごろ、愛媛県今治市大西町の松山刑務所大井造船作業場から「受刑者がいなくなった」と110番通報があった。作業場の防犯カメラに姿が映り、同じ時間帯に近くの民家から車が盗まれて広島県内で見つかったことなどから、愛媛県警は受刑者が車で逃走した可能性があるとみて、単純逃走の疑いで捜査している。』
(朝日新聞)


日本で唯一、塀のない刑務所と言われる松山刑務所。誤解してならないのは、全く塀がないわけではなく「造船所」へと配役された懲役のみだけが、その恩恵を与えられるだけで、その他の懲役たちには松山刑務所とはいえ、ちゃんと鉄格子によるがんじがらめの処遇がおこなわれているということだ。

必然、犯罪者の中でも超エリートと呼ばれる懲役が、官側(刑務所サイド)から人選され、且つふるいにかけられて造船所へと配役されるわけで、人殺しや素行すこぶる悪し、なんて懲役はもちろん選ばれない。現役のヤクザともなると論外である。
どういったわけか、私の地元尼崎からも一つ下の後輩が、松山刑務所の造船所へと配役されたことがあり、社会復帰後に「楽でしたよ〜」と呑気に話していたことがあった。

造船所の特権は実は他にもある。他の刑務所や一般工場よりも、ずば抜けて仮釈放が良いのだ。刑務所に持ち込んだ残刑の3分の1は仮釈をもらえてしまうのである。つまり、持ち込みの刑期が3年なら、2年務めると社会復帰することが出来るというわけだ。
そんな刑務所はまずない。

異例の特権つきの造船所に選ばれしエリート中のエリートは、犯罪者といえども普通は「脱獄」なんて発想に辿りついたりしない。
なぜか。損だからである。脱獄し再び捕まり刑期をプラスされた挙句に、カメラつきの厳正独居に半年は隔離されるよりも、大人しく造船所で務めていた方が確実に良いに決まっているではないか。
だが、平尾くんは逃げてしまった。

本人の人生である。好きにすれば良いだろう。だけど、脱獄なんかされると、残された受刑者たちはたまったもんじゃない。
近年では2012年に広島刑務所から脱走した事件があった。脱走した受刑者は中国人だったのだが、その脱走後、中国人が配役されていた工場はガラリと雰囲気が変わり、徹底的に締め付けられている。
中国人が脱獄したその日は、工場内にある食堂でずっと黙想させられ、その工場に配役されていた懲役たちは全員、半年間その日から工場へと配役できていない。

なぜ私がそんなことを知っているかと言えば、その工場にそのとき、小中学校が同じの後輩が務めていたからである。
出所後、その後輩を出所祝いで食事へと連れて行った際に、彼はこう口にしていた。

「その中国人は大人しいやつだったんですよ。彼女からの手紙が途絶えてから、深く落ち込み、いてもたってもいられなくなって、逃げちゃったんでしょうね。中国人が逃げてからは、それはそれは厳しくなり務めにくくなりましたよ。でも姫路の刑務所で先輩と同じ房になり、おいっ片もめやの、歌うたえやのに比べると全然、楽勝でしたけどね笑」

私が裁判官なら、懲役15年に処するところである。

話しを戻そう。とばっちりは、残された懲役たちだけではない。刑務官にも向けられる。松山刑務所の所長を始め、造船所の正担当まで全てほとぼりが冷めるまで、責任が追求されるのだ。
平尾くんのお陰で、所長も左遷させられるかもしれないし、造船所の正担当も外されて窓際に追いやられてしまうかもしれない。

社会で罪を犯し迷惑をかけてきた挙句に、塀の中でも人様に多大な迷惑をかけるというのは、どうなのだろうか。

平尾くんは一生逃げきれると思っているのだろうか。今さえ良ければ良いと思っているのだろうか。そんなことでは、更生などほど遠いのではないか。

再び逮捕されれば、平尾くんにとって同じ刑務所でも、造船所とは全く異なる処遇が待っているだろう。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)