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第3章 邂逅 第22話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第22話

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第3章 邂逅 第22話

(六)
「くみちょうは、お仕事なにやってんのっ。かいたい屋さんかっ?」
 保育園からの帰り道。たこ焼き屋に電気屋、そしてコンビニの横には、経営本当に大丈夫か、と思わず心配してしまうほど寂れたプラモデル屋が並ぶ道のりをオレとゆきちはおしゃべりというか、可愛い刑事からの職務質問を受けていた。
 ピョコンピョコンとオレの3分の1の歩幅でオレの左横を歩くゆきちの「得意技」はーダッコしてーだったが、今日は機嫌がよいのだろう。いつもの得意技を発動させるコトなく、オレを見上げながら尋ねてきた。
「くみちょうかっ?」
 どこで覚えてきたのだろうか、いつしかゆきちはオレのコトを「くみちょう」と、教えてもいないのに勝手に呼ぶようになっていた。オレもそれに合わせて、ゆきちと会話する時には、自分のコトを「くみちょう」と言った。
 ゆきちの職質にオレは「くみちょうはな~っ」ともったいぶったような言い方をしながら、言うか言うまいかという顔を作った。
「なんなん、なんなんっ! 教えてやっ! かいたい屋さんかっ!」
 ユンボやシャベルカーが大好きなゆきちは、オレをどうにか解体屋に仕立て上げたいらしい。
「だって、ゆきはおしゃべりやから、すぐみんなにゆうからな~っ」
「ゆわへんわっ!ゆきちはおしゃべりとちがうわっ!ママの体重もママがゆうたらダメッてゆうてたから、ゆわへんわっ!」
 オレは笑ってしまった。ゆまはゆきちにそんなことをしつけてるらしい。
 くだんのゲームソフト事件後、1ヶ月もしない内に、オレとゆまは互いのマンションを行き来する同棲を始めていた。
 夕方ふと身体があくと、オレはこうして、近所で、「お勤め」をしているゆきちを保育園へと迎えにいった。ゆきちと手をつないで冬の暗くなり始めた帰り道を、並んで歩くのがたまらなく好きだった。
 これまでにはない時間が、そこにはあった。
「ゆきち、ほんまに誰にもゆわんか?」
「うん。絶対ゆわんっ!」
「ママにもか?」
「うん。ママにもゆわんっ!」
「ほんなら、男同士の約束やぞっ」
「うんっ! 男同士の約束やなっ!」
「実はな、あんまり大きい声じゃゆわれへんねんけど、聞いてびっくりするなよっ。くみちょうは仮面ライダーやねんっ」
 ベタですまぬ。小さい子の扱いにあまり慣れていないオレには、これが精一杯だった。それでもゆきちが驚いてくれるだろうと、確信していた。狂喜乱舞するのではなかろうかとさえ思っていた。
 ところがどうだ。最近の子はどうもスレているらしい。
「ちがうやんっ! くみちょうはヤクザやんっ!」と、ギョッとするようなコトを口にしたのだ。
 知ってたら聞くなよっ!と、つっこもうかと思ったけれど、オレは大いに慌てて否定した。
「ちがうちがうちがうちがうっっっ、、、」
 ーじゃ変身してみろ。そこまで言うのであれば今すぐここで変身してみせろっ!ーと彼は、まるで否認を押し通そうとしている容疑者を取り調べている刑事のような勢いで迫ってきた。出来るものなら変身したかった。したかったけれど、オレには、できない理由があった。
「あかんねんっ。今オレ、本郷の兄貴から謹慎くろとるから、めったやたらに変身したらいかんって、きつくゆわれとんねんっ」
 オレの、まさに口から出まかせに、刑事となった彼はうさん臭そうな目を向けながら、巧みに質問を変えてきた。流石、吐かせのプロ。鬼のゆきちである。
「じゃ、仮面ライダーなにゆうのっ?」
 敏腕刑事にしては、えらく可愛らしい口調ではあるまいか。はっ!? もしや、これも心理作戦の一つであろうか。
「だから、仮面ライダーなにゆうのっ?」
質問の主旨をつかみあぐねていたオレに、ゆきち警部はわかりやすく説明してくれた。ようするにあれである。一号とか二号とか、ブラックとか、ライダーの後に続くコードネームは何なのだっ、と聞いているのである。
 フッフフフ、、、オレも伊達に何度もパクられ、海千山千の刑事達を向こうに回し、戦ってきたわけではない。これくらいの尋問は想定内だ。
 オレは答えた。
「893」
と。
「はっきゅうさんっ?」
「ちゃう。それは、いっきゅうさんてゆう時のイントネーションやろ。そやなくて、はちきゅうさんっ」
 思いがけず即席のライダーになってしまったとはいえ、一休さんと一緒にされてしまっては向こうも困る。オレは細かく発音をレッスンした。
 可愛い顔をキョトンとさせた後、どうも、一休さんのイントネーションに似ているのがえらく気に入ったらしく、
「はっきゅうさんっ、はっきゅうさんっ」と言ってゆきちは、はしゃぎまくった。
 イントネーションについては、いささか不本意な感は否めんが、どうにか敏腕デカ、鬼のゆきちさんをケムに巻くことに成功したらしく、ホッと胸を撫で下ろした。


 仮面ライダーマフィアにしようかと思ったけれど、マフィアにしなくて、本当によかった。
「あっ、ママやっ!ママあぁっ!!」
 マンションの前で、エプロン姿で立っていたゆまを発見すると、はっきゅうさんは、、、いや失礼。はっきゅうさんはオレであった。ゆきちは顔一杯で笑顔を作り、マンションの前でたたずんでいるゆかに向かって、力一杯手を振った。
「なんか、あんちゃんとゆきちが並んで歩いとったら、ホンマの親子みたいにそっくりやねっ」
 そう言う、ゆまの頬笑んだ顔を見ながら、オレにも初めて守るべき場所ができた、と実感した。
 温かかった。冬の暗みがかかった夕暮れ時だというのに、心がほてるように温かかった。
 街路樹に遊歩道。当たり前のすべての風景が輝いてオレの目には映った。
「今日は、杏っちゃんの好きなカラアゲにクリームシチューやでっ」
 3人で一緒に家の中に入ると、シチューの香りと、カラアゲの香ばしい香りが、流れ出てきた。
 なんだか、懐かしい少年時代の香りに思えて、オレの鼻をくすぐった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)