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第3章 邂逅 第20話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第20話

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第3章 邂逅 第20話


 彼女に対しての下心があったのかどうかは、自分でもよくわからない。あったといえばあったかもしれないし、なかったといえばそうかもしれない。そんなことよりも、もっと単純に、ちびの喜ぶ表情がみたかった。オレは明日、彼女の勤め先の喫茶店にゲームソフトを持って行くことを告げて、その場で二人と別れた。
 ちびは別れ際にオレに向かって「おとこどうしのやくそくかっ!?」と上から目線で難しい言葉をあやつり、オレとちびのママ。ゆまをびっくりさせた。
「お、おう。男同士の約束や」
オレは、ちびに向かって右手を挙げた。
 どうにかしてやりたくなったのは、オレにも似たような経験があったからかもしれない。
 何もオレだけではない。遊び道具こそ時代時代によって変化していくが、根本的な子供心というのは、いつの時代もたいして変わらないと思う。面白かったら笑うし、叱られたら泣いてしまう。犯罪者が生まれた時から犯罪者じゃないように、じいさんもばあさんも、おっさんもおばちゃんも兄ちゃんもねえちゃんも、生まれた時から今の姿の者はいない。みんな誰もが例外なく子供の頃があって、同じような経験を重ね、今の姿へと変わっていったのではなかろうか。色々なコトを思い出に変えながら、、、。


 あれは、ゆきちよりももう少し大きかった小学3年生か、4年生の時だった。子供から大人にいたるまで、爆発的人気をほこったゲームソフトの最新シリーズを探し求めて、自転車をこぎまくった時のことだ。
 世の中が狭かった分、入手方法も限られていて、結局オレはそのソフトを発売日に手に入れることができず、家に帰ってだだをこね、母を困らせてしまった記憶がある。
 数日後そのソフトをどこからか母が買ってきてくれた時は、嬉しくて仕方なかった。母が物凄く偉大に見えた。
 幼稚園児のぼくだったオレに対して「おもちゃなんて一生ダメッ!」と宣言した母だったが、こうして欲しい物は結局オレに買い与えてくれていた。
 あの頃、母は女手一つでオレを養い、オレのことを社会のあらゆるものから守ってくれていたのだろう。
 いつからか母の手を借りなくても、欲しいものは大抵、自分の手で手に入れるコトが出来るようになった。ゲームソフトくらいなら、造作なかった。
 だからといってあの頃より幸せか、といったらまったくの逆で、思い出すのはいつもあの頃のことばかりだった。
 手に入れたモノより、失ってしまったモノのほうがはるかに多過ぎたのだろう。

「だから、兄貴あきませんて! 昨日、わざわざ古家に当番変わってもうて、夜中の2時から並んでまんねんで。それで、やっと手に入れたレアもんなんでっから、兄貴っそれだけは絶対あきませんて!」
 敷きっぱなしにされた布団の上で、ロキはオレにしがみつかんばかりに訴えてきた。ヤクザがわざわざ当番を代わってもらってまですることか。バカではなかろうか。
「ええかっロキ。よう聞けよ。もし、このゲームソフトに心があったとする。理性があったとする。
 わかるか、理性やぞ、り、せ、い。
 その場合、いくら遊ばれんのが宿命のゲームソフトだって、同じプレイしてもらえんのやったらちょっとでも大切にしてくれる人の元へ嫁ぎたいと思うんが人情やないか」
「嫁ぎたい? 人情??」
 もともとマヌケな小顔を一層マヌケにして、ロキはオレの言葉尻を重複させた。
「そうや。プロの風俗のお姉さん達だって仕事とはいえ、どうせプレイするなら、お前みたいなゲームオタクのブスより、オレみたいなジャニーズ系のほうがええに決まってるやないか」
「ハッハハハ、兄貴がジャニーズ系て、ハッハハハ、、、、イテテテテテテッッッー」
 バカ笑いするロキの耳を思いっきり引っ張りあげオレは続けた。
「何もお姉さん達だけやない。我々、極道かて一緒やぞ。同じ命を預けるんやったら、預けがいのある親分、兄貴分に預けたいと思うんが当たり前やないか。幸いにしてお前はオレという立派な兄貴分を持てたおかげで、こうして懲役に行くコトもなく、夜中にマヌケ面して、デパートなんぞに並んでおれんねん」
 ー気持ち悪いーという言葉は流石に呑み込んでおいた。
「お前は、そのコトにもっともっと感謝せなあかん。オレの写真でも拡大して神棚にでも飾っとかんかい。ほんならなっ」
「さっぱり意味わからん、、、ってちょっと兄貴あきませんて!おいっ、コラ待ておっさんっ!」
 ロキの嘆願を一切ムシして、オレは目的の「ブツ」を押収し、彼のぼろワンルームを後にした。


「おぅ、ロキちゃんか、お前、なにしとんねん」
─別になんもしてまへんけど、なんかあったんでっか─
「ああ、ちょっとな。ところでお前、今、電車か新幹線のゲームやってるはずやろ?」
─はあっ? それをゆうなら兄貴、機関車でんがな。電車と機関車は全然ちゃいまっせ。そもそもこのゲームはねっ、てゆうか、なんで兄貴っワシが今ゲームやってるって知ってますの? あ、古家に聞い─
 最後まで、ロキの寝言を聞く必要はなった。オレはケイタイを切り、ロキのヤサへと向かうことにした。これがロキにとって悪夢となる30分前のやりとりだった。
 昔からそうだった。ヤクザをやっていなければ、間違いなくオタク路線をひた走っていただろうと思われるロキは、どれだけ入手困難といわれるゲームソフトでも発売日に手に入れるという、ただそれだけの特技を持っていた。
 くだんのゲームソフトの時もそうだった。小学校からひとつ年下のコイツは、人が半泣きになってチャリンコを漕ぎまくり、目的のゲームソフトを入手する為にショップを探し回っているというのに、今と大して変わらない不細工な顔で、やっぱりゲームソフトを手に入れ、説明書を読みながら家路へと急いでいたのだ。
 一緒にゲームソフトを探していた龍ちゃんもオレも幼かった分、まだ知恵が足りなかった。血走った目でロキに襲いかかろうとしたのが悪かった。オレと龍ちゃんの殺気を瞬時に察知した小学生のロキは、あっという間に逃げていってしまった。
 無論、追いかけた。追いかけまくって、ロキの家の中まで侵入し、ロキのお母さんにこっぴどく怒られたあげく、結局、目当てのゲームソフトを押収することができなかった、という苦い経験がある。
 まさか、あれから20年も経って、同じようにゲームソフトを狙われようとは、夢にも思っていなかったロキに油断があったのだろう。あの頃のロキなら軍用犬並みの臭覚でオレの魂胆を嗅ぎ分け、しらばっくれるところか、電話にすら出なかったはずだ。オレはなんだかしてやったりの気分で、ゆきちと交わした「男同士の約束」を果たしにいった。
 このゲームソフトも、あんなぼろワンルームの片隅で、オタクヤクザにもて遊ばれ、飽きれば売り飛ばされるより、瞳をらんらんと輝かせた純真な少年に遊んでもらったほうが、幸せってもんだ。
 男と男のカタイ約束を交わしあった同志は、喫茶店の前にしゃがみ込み、なにやらおもちゃのショベルカーを使って、「お仕事」をされているようであった。
 のちに判明することなのだが、彼は道路工事のお仕事をこよなく愛し、作業中のシャベルカーやユンボを見かけては、「ガアッガアッ」と言って小さな胸を興奮させたのだった。
 この時、ゆきちは保育園をお休みし、朝からこうやって「お仕事」をしながら、オレの訪れるのを待っていたという。実に健気ではないか。ロキのバカにも見習わせてやりたかった。
 道路工事の手を止め、オレの姿を見つけたゆきちは、パッと顔を輝かせると、「おっちゃーんっ!!!」と叫びながら駆け寄ってきた。
 なんだか、自分が足長おじさんにでもなったような気分で、幸せな温かさを感じていた。


 この出来事がきっかけで、ゆまのコトを少しずつ少しずつ知っていって、オレのことも彼女は少しずつ少しずつ、理解していってくれた。
 前の夫と別れた話も聞いた。
 彼女と一緒に食事に行ったりもした。
 そして、いつしか男と女の関係になっていった。
 死刑囚となったオレにもし幸せな時間があったとすれば、そこから始まったゆまとゆきちとの時間だろう。
 短いシャバだった分、幸せの時間も短かったが、確かにオレの人生の中にもちゃんとそういう時間が存在していた。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)