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龍ちゃんが流した涙

新装改訂版『尼崎の一番星たち』絶讃発売中!龍ちゃんが流した涙・・・・

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龍ちゃんが流した涙


〜誰からも愛され誰よりも「生野が生んだスーパースター」を愛してくれた元秋さん〜

(一)


九州のブラザーである龍ちゃんの親友に、元秋さんという誰からも愛され続けた人がいた。
まだ私自体とは顔見知りでない時から、私がヒカと結婚式を挙げることなると、龍ちゃん伝いに耳にした元秋さんは「龍ちゃんの兄弟分やったら、ワシもいかんといかん!」と言ってくれ、満面の笑みで私たちの門出を祝ってくれた。


それが私と元秋さんの出逢いになり、ヤクザ稼業から足を洗い、物書きとしてのスタートを切ってからは終始一貫「沖田先生!沖田先生!」と先生でもなんでもない私のことをそう呼んで、応援してくれていたのだ。


デビュー作となる「生野が生んだスーパースター 文政」を上梓させた際には、何冊も購入してくれ、それを行きつけのお好み焼き屋さんにおいて、来店するお客さんに配り続けてくれていた。


「沖田先生の本やからな!絶対読めよ!」と宣伝もしてくれていたのだ。


そんな元秋さんが病に侵されていることを報されたのは、七月中旬の夏がいよいよ本番を迎え始めた頃だった。

「兄弟、実は元秋がもうあかんらしいんよ。酒の飲み過ぎばい。医者が話すにはもう1ヶ月もたんいいよおとよ」


龍ちゃんから連絡を受けた私は、入院先を聞くととるものもとりあえず車を病院へと走らせていた。
私なんかが駆けつけたところで、状況が好転するはずないことなんて分かっていた。
だけど私はアクセルを踏み込み、助手席に「生野が生んだスーパースター」の単行本を携え無我夢中で走っていたのだった。

(二)

「あっ!沖田先生!わざわざ来て下さったんですかっ!」


顔の表情と顔色を一目見て、元秋さんの病状が深刻であることが分かった。


「大丈夫ですか、元秋さん?秋には元秋さんが楽しみにして下さってる第二弾の「尼崎の一番星たち」という本を出版しますから、またいっぱい宣伝してくださいよ!」


無力な私にはこんなことを口にするくらいしか出来なかったのだが、それでも元秋さんはパッと明るい表情を作り、「ホンマですかっ!」と喜んでくれた。
時間にして僅か10分くらいであっただろうか。変わりゆく尼崎の街並みの話しや、文政の単行本の話しや新作の話しなんかをしながら、私は「頑張ってくださいよ!」と言い残して、病室を後にしたのであった。

帰り道、龍ちゃんから私の携帯電話に連絡が入った。


「兄弟、ホンマ有難う!元秋が喜びよって直ぐに電話がありよったとよ。なんか声も元気になっとったばい。兄弟、ホンマ有難ね!」


だけども、僅か3週間後に龍ちゃんから再び電話がかかってきたときには、もう元秋さんに残された人生のタイムリミットが迫ってきていた。

(三)

元秋さんの意識はもう既に朦朧していたはずだ。
それでも、龍ちゃんが「元秋!分かるね?沖田先生が来てくれとるばいっ!」と言うと、視点をはっきり私に合わせ「あっ、、、先生すいません、、、こんな格好で、、、」と身体を起こそうとして、同じようにベッドの周りで元秋さんを励ましている男性を指差した。


「先生、このおっちゃんが美味しくないお好み焼き屋のマスターなんです、、、」
「こんな時にまで、笑わさんでええねん!」
とマスターが答え、側についていた看護師さんまで笑みをこぼし、笑い声が上がった。


龍ちゃんを含め、ベッドを囲む元秋さんの友人たちの表情を私は見ながら、本当に元秋さんはみんなから愛されているのだと実感したのだった。

その日の夜、元秋さんは50年という人生に幕を下ろした。
私はあれだけ元秋さんに「尼崎の一番星たち」と届けると約束していたのに、間に合わすことが出来なかった。

「先生!何を言ってるんですか!今度は天国で広めますから!」
と言ってくれているだろうか。

私には書く理由がある。背負っているものがある。
それがある限り、私はこれからも書き続けていくだろう。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)