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ステゴロキングの呼称

新装改訂版『生野が生んだスーパースター文政』発売中!ステゴロキング、バッテツ見参!

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ーステゴロキングの呼称ー


浮世離れしている文政は、公共のタクシーというものを利用したことがないらしい。
そんな彼が後にも先にも公共のタクシーを利用した際のことだ。


「あのねあのね兄弟、タクシーはね後部座席に乗んねんで」


 西成のバクチ場までタクシーに乗って、文政を迎えにやってきたバッテツが、助手席に乗り込もうとする文政に声をかけた。
 文政は自身の運転テクニックに絶対の信頼を置いている。そのせいか、運転手を大勢抱えているのだが、大半はいつも自分で運転しているのだ。
 ハンドルを握らないときは助手席と決まっていて、後部座席に座るという習慣はなかった。


「何を訳わからんことゆうとんねん」と言いながら後部座席のバッテツを見た後、当たり前のように助手席に身を沈めた。


「あの、車出してよろしいでしょうか?」


 恐る恐る尋ねる40代後半と思わしきタクシーの運転手。ここに来るまでにバッテツから親切丁寧な運転手としてのレクチャーを受けたに違いない。
 バッテツは文政と違い、よくタクシーを利用している。利用しているというか、どのタクシー会社のタクシーも自分の運転手と思い違いしているフシまであったりする。


「行ったらんかい!」


 どかりと両足をダッシュボードの上に置いた文政が、シートを目一杯後ろに倒しながら答えた。
 走り出してしばらくすると文政がタクシーにケチをつけ始めた。


「おい兄弟、なんやこの車しょぼくさいのぉ」
「うんとね兄弟、タクシーってこんなもん」


 タバコを燻らしながらバッテツがこたえる。
 当たり前だが、車内は禁煙である。
 一行が向う先の信号が黄色から赤に切り替わった。それに合わせてタクシーの運転手がそっとブレーキペダルを踏み込んだ。
 少しでも車内に振動を及ばさないために、タクシーの運転手はいつも以上の気遣いをみせたと思う。


「コラ! オッサン! お前さっきから何をどんくさい走り方しとんじゃい!」


 運転手の細心の気遣い虚しく、文政の罵詈雑言が飛んだ。容赦などまったくない。彼は赤信号で車を停車させるのが大嫌いなのだ。


「もうええわ。お前運転代われ!」


 タクシー歴何年か知らないが、運転を代われのクレームは初体験ではなかっただろうか。
「そっそそそ、それはムリです!絶対ムリです! ムリー」


 首を左右にブルンブルンと振る運転手に、文政の怒声が運転手の嘆願をかき消してしまう。


「やかましいわいっハナクソっ! ワシが代われというとんじゃい!代わらんかい!二回目やどこらっ!」


 言わずと知れた文政ルール。彼に同じセリフを3度立て続けに言わせてはいけない。
 信号が青に替わった時には、文政がハンドルを握っていた。
 先ほどまでの安全運転が、まるで別車にでも変貌してしまったかのように、タクシーが凶暴的な走りを見せる。
 無論のこと信号は、オール無視である。
 信号無視で2人とタクシーの運転手が向かった先は、ミナミにあるゲーム喫茶だった。


「兄弟、うんとね。どれくらいシバきあげてええの」
後部座席から運転席の文政にバッテツが尋ねた。
「かまへん。好きなだけ暴れたれや」


 タクシーを、ゲーム屋が二階に入っているテナントビルの前に急停車させると、そう言い放ち車外へと降り立った。
 もちろん開け放ったドアを閉めるなんて野暮は、文政はしない。


「うんとねうんとね、運ちゃん帰ってええで。アメあげるわ」


 ポケットから中身の入っていないアメの包みを運転手に手渡しながら、巨漢のバッテツが地上に降り立つ。
 もちろん、彼も開けたドアを閉めるようなことはしない。
 2枚のドアを開け放たれタクシーに取り残された運転手。料金の請求などもうどうでも良かったのであろう。
 その場から急いで立ち去っていったのだった。


 降り立った2人に、物陰から1人の男が駆け寄った。
 その男は赤いシャツを着ている。
 文政ファミリーの情報機関を一手に引き受けている赤シャツだった。


「まさくん。動きはまったくありません。三人ともゲーム屋の中にいてます」
 文政は無言で頷くとテナントビルの中に姿を消した。
「あのねあのね、帰りのタクシー拾っとてくれる? ええやつ」
 タクシーに良い悪いがあるかは分からないが、赤シャツにそう告げると、バッテツもテナントビルの中へと入っていった。


 その後、何があったのかは分からない。ただ文政からお尋ね者となってしまっていた3人が、赤シャツの情報網に引っかかってしまったのだけは、間違いないだろう。
 その後、お尋ね者はどうなったのか。
 これも私には分からない。
 しかしその現場に狂犬Nの姿がなかった所を見ると、全治3ヶ月の病院送りあたりで済ませてもらえたのではないだろうか。


 赤シャツは、その場から姿を消すとバッテツに課せられたミッション(良いタクシー)を探し出す為に、夜の街へと溶け込んでいったのだった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)