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ー生野からスターダムへー

新装改訂版『生野が生んだスーパースター文政』発売中!

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ー生野からスターダムへー


 西成という街は、文字通り弱肉強食を地で行く世界である。大阪巣食うアウトローたちは、大阪で名を売りたかったら西成が一番早いという。


 この話は文政が25歳の時のものである。彼が姫路少年刑務所を出所してきてすぐの話だから、もう20年前のことになろうか。


 彼の服役中、文政の実兄である弘吉さんが、ある大物親分に引っ掛けられ、西成でカモにされていた。
 西成で名を馳せるには、綺麗事だけでは足りない。この親分も、心底人を脅かす力を有していた。
 毎日、弘吉さんは、ウラで稼いだ金をその親分のバクチ場で溶かされていた。
 力が支配するバクチ場で、勝って帰れることなどただの一回もない。来る日も来る日もバクチ場に通わされ、金を使わされていた。
 現金が足りない時には、当然のように帳面(借金)を背負わされた。そうなれば、次から次へと危ない橋を渡らなければならなくなってしまう。
 
─究極までもの雁字搦め─


 結果、そのバクチ場は、長屋から5階建てのビルに建てかえられた。文政の社会不在中の5年間に、弘吉さんが溶かした金でビルが建ってしまったのだ。
 その親分に、「もうええんちゃう」と言える者はいなかった。その名を聞くだけで、誰もがバックギアを入れた。それほどビックネームで、無茶をやる人だった。
 文政からしても何世代も上の人間であり、刃向かえるような人ではなかったのだ。


 その日も、弘吉さんは涙をこぼしながら札をめくっていた。その親分は、冬場というのに盆の片隅で背を向け、長物のドスを研いでいた。
 盆に向けられた親分の背中には、不動明王が睨みを利かしていた。バクチ場は、ドスを研ぐ音と札を繰る音だけが静かに流れていた。
 その不気味ともいえる空間に、ズカズカと上がり込んで来た男がいた。


「ごめんやっしゃ」
文政だった。


 文政は、ドスを研ぐ親分の前で膝を折り、背中の不動明王に語りかけた。


「組長すんません、文政ですわ。おととい懲役から帰ってきましてん。ほんなら、弘吉の様子がどうもおかしい。それでワシも調べさせてもらいました。
ほたら、組長の賭博で泣かされてるゆうおまへんか。このビルも弘吉が建てたようなもんやて。詳しい事情はもうええんですわ。組長、このへんにしてもらえまへんか」


 不動明王が横を向いたかと思うと、くるっと身体を回転させ、綺麗に磨かれたドスを眺めながら、親分は文政にチラッと目をやった。


「おう、マサかい。久しいの。で、なんて?もういっぺんゆうたれや」


 親分はドスを文政の片目に突きつけた。


「組長、弘吉はワシの実兄でんねん。血分けた兄弟ですわ。それイジメられたら、たとえここで残りの目をえぐられようとも、ワシは引くわけいきませんで」


 文政は、片目を10代の頃に喪っている。弘吉さんのむせび泣く声だけが、バクチ場に響いていた。すでに、文政は屈強な男達に囲まれていた。


「ガッハハハハハッ」
笑い出したのは、親分だった。


「ワシの若い頃みたいな奴、がやっと出てきよったの。かめへん、放免祝いや。連れて帰れ。そのかわりワシの周りウロチョロさせんなよ」
そう言い終えると背を向け、再び長ドスを研ぎ始めた。


「おおきに。二度とウロウロさせまへん」
背中の不動明王にこうべを垂れると、文政は立ち上がり、泣きじゃくっていた弘吉さんに声をかけた。


「兄弟、帰ろや、オモニが心配しとんど」


 この一件は瞬く間に大阪中の裏社会を駆け巡り、文政の名は一夜にしてスターダムへとのし上がったのだった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)