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第2章 追憶

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第9話

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■第2章 追憶


(一)
このときのオレは、まだ四舎ニ階に送られていない。はじまったばかりの一審は、どう転がっても死刑判決を回避することは不可能という状況だったけれど、それでも裁判は「一応」審理中だった。
疑い深いオレは、もしや罠か!?と疑った。本になるという。なにが?オレが書いて、出版社に送りつけた小説がだ。
 これが罠でなくてなにが罠か。もしくは新手の詐欺とも考えられた。しかし、棺の中に片足どころかすっぽり両足まで入り込んでいる終焉間際のこのオレにシノギをかけたとしても、生命保険すらおりやしない。
 詐欺に引っかけても、なんのメリットすらないので、この線はナシだな、と納得しそうになったけど、詐欺にすら引っかけてもらえない我が身を省みて、少ししんみりしてしまった。
 ではなんだ?
 はっ!もしや、お先真っ暗な我が人生。自業自得の成れの果てとはいえ、それではあまりにも哀れではないかと考えた、ゆまの自作自演ではなかろうか。そもそもあんな駄文が本になるなんて、どう考えてもおかしい。ましてや残り乏しくなった我が人生に、そんな大どんでん返しが残っているなんて、信じろというほうが無理がある。なのに何度読み返しても、ゆまからの手紙にはこう書かれていた。


ーすごい!すごい!すごいよ、杏ちゃん! 今日、出版社のサイトウさんって人から電話があって、杏ちゃんの小説を本にしたいって!ー


確かに、本にしてくれる、と書いてある。
 自ら退場の道を選んだ現世に、そんな都合の良い話など本当に残っているのか。確かに書き上がった原稿を読みなおしたときにはーやってしまった、またひとり獄中から作家が誕生してしまったーと感慨にふけったことも、まあ事実ではあるのだが、、、。
編集者の名前はサイトウさんというらしい。なんて素晴らしい名前であろうか。オレは、まだ見ぬサイトウさんを思い、しばしうっとりとしてしまった。
 違いのわかる編集者サイトウさんのおかげで、沸いてはいけないのだけれど、生きる希望すら沸いてしまった。
ーすごい!すごい!すごいよ、杏ちゃん!今日、出版社のサイトウさんって人から電話があって、杏ちゃんの小説を本にしたいって!ー

(二)


分かっていた。あらためて言われなくても、分かっていた。けれど、公の場で「死刑」という言葉の響きを聞かされると、愕然とせずにはおれなかった。判決の話ではない。検察側からの論告求刑の話だ。だから、このときはまだ一縷(いちる)の望みはあった。限りなくゼロに近いとはいえ、まだゼロではなかった。とは言っても、死刑以外の判決が用意されていないことは、ショボくれた国選弁護人の先生にわざわざ教えていただかなくても分かっていた。
ふと思うことがある。
 これから司法の裁きを受け、その後、司法の手にかけられて殺されてしまうことが、なにか悪い冗談ではないか、と。なにも罪の意識がない、というのではない。人道を逸れ、取り返しのつかないことをしてしまったというのは誰よりも自分自身が一番分かっているつもりだ。だけど現実味がないのだ。
 自分という一個の人格が、これまで漠然とイメージしてきた凶悪犯とはかけ離れているような気がしてならなかったのだ。 


論告求刑を言い渡された翌日だったと思う。中学生の同級生だった坂元みどからファンレターなる手紙を受け取ったのは。
 死刑囚になろうとしていることも信じられなかったけれど、この獄中で書き殴った能書きが本となって世に出るということも、ある意味、同じレベルくらい信じられなかった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)