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第1章 開幕 第8話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第8話

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第1章 開幕 第8話


「しゅ、しゅいましぇ~ん!!」
 メシアにしては至極頼りない声だったけれど、それでも日本語を堪能に使いこなしてくれるのは心強い。メシアの耳打ちに死神はサッと血の気を引かせたかと思うと、今度は沸騰しかけるほど顔を赤らめ、その顔をブルブル震わせながらメシアに向かって、こんな大それた言葉を投げつけた。
「この大バカもんっ!!」
 メシアに対してなんたる愚行、なんたる冒涜。おお神よ、この愚かな死神を許し給え。
死神とメシアのやりとりを聞いていると、なんでもメシアは下僕のワタクシめを前日に転房させていたのに、台帳に記載するのをうっかり失念していたらしい。おお神よ......って、この大バカもんっ!!
オノレのおかげで、ただでさえ短い寿命を更に縮められるところだっただろうがーと正常にすべてのオレの中の部署が機能していれば間違いなくこう叫んでいただろうが、このときのオレは怒りすら沸いてこなかった。
 滅多に四舎二階に寄りつこうとしない、本当の意味での所内の神。所長までもが謝罪へとやってきて平に平に謝ってきたけれど、この直後に起きた地獄絵図を目の当たりにしてしまったために、本来なら「謝って済むかっ!」となるところが、謝って済んでしまった。放心状態も、なんちゃってフランス人も、いっぺんに吹き飛んでしまうほど、その後に起きた戦慄は、俺を心底、恐怖でわななかせてくれたのだった。間違われてしまったことも十分、ショッキングだったけれど、多分「本命」の田代は、それどころじゃなかったであろう。
 オレを殺り損ねたからといって、今日は日が悪い、別の日にするか、とは決してならないのが日本の死刑制度であり、日本の役人なのだ。田代には「ご愁傷様」としか言いようがないが、一度ターゲットとして狙われた命(タマ)は確実に挙げられる。ヒットマンのチャカより、安い金で殺しを請け負う福建省の青龍刀より、確実にプロジェクトを遂行してくれる。仕事の完璧さではゴルゴすらかなわないであろう。
 縮み上がらせるだけ縮み上がらせてくれた人騒がせな暗殺部隊は、真のターゲットである田代の魂を奪い去りに出かけていった。
 出かけるといっても死刑囚はみな同じ舎列に並べられているので、今度は間違うことなく田代邸の鉄扉をノックした。田代の絶叫は、空間を揺るがすほど凄まじかった。声も出なかったフランス人の誰かさんとは大違いである。半狂乱となって声を必死に絞り出し、暗殺部隊にたった1人で抗っているのが見えなくてもわかった。
 小机で殴りつけたような激突音。
 絶叫を途切れさせる炸裂音。
 肉を打ち付ける鈍音。
 ハルクとスタローンが良い仕事をしているのだろう。派手な音が上がるたびに、田代のくぐもった短い濁音が必ず漏れた。
 時間にしてわずか数分の出来事だったが、フロア全体を支配した一連の騒音に、オレは呑み込まれてしまい、歯の根すら合わすことができなかった。
 寝袋のような拘束着にすっぽり身を包まれ、人間神輿と変わり果てた田代が視察孔から覗くオレの目前を通過していき、死刑囚から「開かずの間」と呼ばれている南側の鉄扉の向こう側に吸い込まれていった。
先ほどまでの喧騒がまるで過ぎ去りし悪夢のように、重苦しい沈黙にとなって広がっていく。
 南側の鉄扉に吸い込まれていった田代は、もう二度と四舎二階に戻ってくることはなかった。
 オレは嫌でも現実と向き合うことになった。すべての現実はここにある。廊下の南側。田代が吸い込まれていった扉を一度くぐれば、もう二度とこっちの世界に戻ることはできない。
 田代は1時間もせぬうちに刑の執行を終え、社会復帰を果たしていることだろう。
 白い骨と変わり果てて。
 静まり返ったフロアには、田代の断末魔の叫びが怨念となって、いつまでもさまよい続けていた。
 その日からオレはシャドーボクシングを取り入れながら、筋トレに励みまくった。
 ─無駄な抵抗─そんなことは言われなくてもわかっている。だが、そうでもして気持ちを落ち着かせないことには、いてもたってもいられなかった。
 逃げ出せるものなら、とっくの昔にケツをまくって逃げ出している。泣いて許してもらえるならば、とうの昔に泣きわめいている。だが、逃げ出すことも許してもらえることもかなわぬ今、戦い続けて生きていくしかなかった。それが無駄な抵抗だったとしても、、、、、。
それからもうひとつ。二度と「まだ大丈夫」などと不謹慎にタカをくくってみせることなく、これから毎週金曜日の朝にはキッチリ縮み上がることをかたく心に誓ったのだった。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)