>  >  > 新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第7話
第1章 開幕 第7話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第7話

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

第1章 開幕 第7話


金曜日。
 独特の恐怖に支配された空間の中で「オレって結構、勇気あるのとちがう?」と一人意味不明な勘違いをしながら、他の死刑囚のように息を殺して廊下の気配をうかがうこともなく、ガリガリと救いがたい小説をノートに執筆していた。
〈愛しとる! 愛しとるゆうとったやンけ!!〉
 過去の良き思い出にいつまでもしがみつき、主人公(オイラのことか?)が見苦しい姿をさらしている場面を描写しているとき、舞台の幕は派手にぶった切って落とされた。
 どうせいつものように何事もなく過ぎていくだろう、というオレの予想をあざ笑うかのように、冷たい廊下を遠慮することなく刻みつける大勢の足音がオレの鼓膜を不愉快に撫でた。
 オレは走らせていたボールペンを停止させ、足音へと耳をすませた。
 足音が近づいて来てるのが分る。それも大勢だ。心臓がキュッと縛りつけられた。
 大勢の足音は、まるでオレの房へと吸い寄せられているかのように、鳴り止む気配がまったくない。
 もしかして、もしかして、もしかしてオレを喰らいに来てるのか⁉︎
 足音につられ、顔面が硬直していく。グングン近づいてくる足音。抜けかけていきそうな魂。
大勢の足音は何の躊躇もみせずに、オレの房の前でピタリと停止した。
オーマイゴット!
心臓はすでに爆発してしまいそうだった。いともたやすく房が解錠される。
「田代健太郎くんだね」
 死刑囚に引導を渡す役目にあるため、「死神」と死刑囚から呼ばれ、人柄とは一切関係のないところで嫌われ、恐れられている主任看守が、ちょっと困った表情を作りながらオレに確認を求めてきた。
けんたろうくん、、、、、?オレはけんたろうくんくんだったのだろうか?恐怖心がMAXに達すると、人は言葉を忘れてしまうということを、このとき初めて教えられた。できることなら死ぬまで教えていただきたくなかったけれど......。それくらい、オレはびびりあげていた。
「ちょっとスリッパ持って出てきてくれるか」
 辛気臭い顔面に、無理やり笑顔を貼りつけながら、死神が言葉巧みにオレを房からおびき出そうとしてきやがった。
 オレは壁に背中をくっつけていたというのに、必死に後退りしようと愚かにも背中で壁を押しながら、ぶるんぶるんと首を左右に振りまくって拒否する意思を誠心誠意で訴えた。
 誠意が足りなかったのか、死神はいたしかたない、という表情を作った後、少し演技がかった仕草で後ろにいた人間になにかを促した。死神の視線の先には、これまた役どころゆえに死刑囚から「青鬼」「赤鬼」と呼ばれている、全盛期のハルクとスタローンを彷彿とさせた鬼どもが死神と立ち位置を入れ替わり、乱入態勢に入った。その姿には、まったく交渉の余地を見いだせない。
 この間、時間にしてどれくらいであっただろうか。文字通り息の根を止められかかっていたので、時間を気にする余裕などまったくなかった。
 もしも、このとき誰も気づくことなく、ことが進んでいれば、もしかすれば「田代健太郎」の身代わりにされ、故人にされていたかもしれない。
 オレがこのとき、ちゃんと日本語さえしゃべれていれば
「ハァ!? 田代って誰でんの? オレは伊丹でっせ!」の一言でことは解決していただろう。しかし、このときのオレはまるで日本語を忘れたにわかフランス人となっていた。
オレはいつから田代家へと養子に出されたのだろう?という当たり前の疑問もまったく沸き起こらず、正担当のオヤジの登場がもうちょっとでも遅ければ、引っ張りまわされて、引きずり回されて、ドツキまわされて、「あれっ、誰やねんお前?」的なオチをつけられるところだった。
フランス人と化したオレにとって、慌てふためいて飛んできてくれた正担当のオヤジは、まるでそう救世主。メシアに映った。
ボンジュール


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)