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『死に体』序章 第3話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第3話

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■ 『死に体』序章 第3話


この後に続く小学生時代にも同じようなことを「健気」に繰り返しては、事が発覚する度に、終わった、、、と絶望の淵を彷徨っていたのだけど、慣れとは恐ろしいもので、次第に「これくらいなら、終わらないよ〜ん」と、段々厚かましくなっていってしまったのである。それがいけなかった。

 その厚かましさが見事に災いしてしまったのが、「ぼく」から「オレ」へと成長していった中学2年生の冬の寒い日。オレはついに初めての獄となる鑑別所に収監されることになってしまった。
 毎回、その都度本気だったけれど、この時こそは本当に ......いや〜これは、終わりましたな......と、しみじみさせられたのである。
 今のオレの存在から省みれば、鑑別所の1ヶ月など保養か慰安旅行の類いとしか思えんのだけれど、生きてきた人生がまだ短かった分、この時のオレにとって、「塀の中」で過ごさなければならない1ヶ月は永遠にすら思えた。
 1ヶ月だけでも途方に暮れているというのに、だ。聞くところによれば、その1ヶ月で社会にカンバックできる保証などどこにもなく、ヘタすれば半年、もしくは1年もの間、少年院に送致される可能性もあると言うではないか。
 目先の出来事に一喜一憂を繰り広げていた中学生のオレにとって、1年先の未来など想像さえできなかった。したがって今回のー終わったーは、かなり深刻なものだった。
 コンクリートの壁と金属製の金網がはめ込まれた薄暗い留置場の端っこで、鼻水と涙を流しながら、オレはメソメソと泣き続けた。
──で、泣いているところすまぬが我が人生。初めて投獄された留置場にさぞかしビビリあげたことだろうと察することはできるが、どのあたりが「ー終わったー」のであろうか。今のオレには残念だが理解してやることはできぬ。
 終わった、というよりも、むしろ羨ましい。少年法の御加護が羨ましくてたまらない。
 少年院で許していただけるのであれば、半年や1年などとケチケチせず、5年くらい放り込まれたってかまいやしない。
 しかも、このときのオレは、少年院に送られることなく、無事1ヶ月でシャバに帰ってきたというではないか。全然、終わっとらんではないか。こんなくらいのことで軽々しく「ー終わったー」などと思っていた昔の自分に腹まで立ってきた。
 そんなご立腹なオレなのだが、これならばどうだろうか。
ハタチを過ぎたオレは、外せるだけの道を片っ端から踏み外し、結果、懲役10年の刑に服すことになってしまった。こ、こ、これはすごいぞっ。母の財布から一万円をくすねたことや、鑑別所の1ヶ月なんかとはスケールが違う。
 今度こそ、ー終わったーと断言しても差し支えなかろう。
 同じ境地に立てばオレでなくとも、ほとんどの者が「ー終わったー」と人生を悲観することであろう。
 それだけの時間が10年という歳月にはある。
 それだけの重みが10年という年月にはある。
 人の気持ちも、人の姿も、10年あればずいぶんと変わってしまう。刑務所に10年行けと言われて、笑って行けるヤツなどそうはいまい。

 そうはいまいが、今ならクスッと笑って行けちゃったりするんだな~これが。
 両隣の住民、浅田のおっさんにしても、鬼ガワラのコンチクショウにしても、その更に隣の宮崎にしてもそうだ。宮崎は精神状態に異常をきたしているので、現状においてすら自分が終わっていることに気づいていないかもしれないが(ある意味、それはそれで悟りの境地だよな......)。
 なんにしてもだ。今のオレに比べれば、当時のオレの苦悩など取るに足らない。女子高生が失恋して、「ー終わっちゃったねー」と感じてしまう乙女心と、そう大して変わりはしない。そう言い切っても今度こそ差し支えなかろう。
 だって今のオレ、明日、法的執行によりブチ殺されたとしてもなんら問題のない「死刑囚」なのだから。
 10年で社会へと帰してもらえるんなら、笑って行ってやるよ。でも20年なら、もういいかな、とも思ってしまう。
 ー刑務所に20年行くくらいなら死んだほうがましだーと言うわけではない。口で簡単に言うほど、「死んだほうがましだ」なんていう状況が人生の中でそうそうあるわけがない。
 誰だって死ぬのは怖い。少なくとも、オレは怖い。
 だけど、刑務所に20年間も吸い込まれてしまっては、出る頃にはゆうに50の坂を登っている。なんの地位も才も財も持ち合わせていないこのオレが、そこからやり直せるほどのガッツがあるか。
 ー人間その気になれば、やれないことはないーというのはまったくのデタラメで、まず無理だ。刑務所の中で苦しい思いにひたすら耐え、20年間耐え続けて、なにが待っている。
 死んでしまったのと同じではないか。

 そして、オレは本当に終わってしまった。
 まだ、こうして生きているけれど、それは人生の付録を過ごしているようなものでしかない。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)