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第2章 追憶 第10話

新装改訂版 沖田臥竜Presents!小説『死に体』 第10話

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■第2章 追憶


(三)
 違いのわかる編集者は、サイトウさんではなく実は「さとうさん」だった。
 そのさとうさんのおかげで、夏に決まった出版の話はトントン拍子で進んでいき、秋を越えて冬には全国の書店に並ぶことになってしまった。
 それは、なんだか不思議な気分だった。自分が自分でないような気分だった。
 オレはへそ曲がりの天邪鬼だけど、その反面ものすごくテレ屋だし、ものすごく気にする性分なので、自分がみんなから嫌われていることも知っていた。この性格が災いして、人に誤解されてしまうことも多かったと思う。
 だから同情してくれ、というのではない。人付き合いがうまくない、と言うだけの話だ。それもそれでオレの個性だし、自分のひたむきさとか、優しさとか、まっすぐな思いとか、そんなものは自分自身さえしっかりと分かっていればそれでいいと言い聞かせて生きてきた。
 だけど、こうなってしまって、大勢の人々から憎まれ、恨まれ、嫌われるような立場になった今、このまま多くの人達に望まれて死んで逝くのか、と思うと、オレはいったいなんのために生まれてきたのだろうか、とそう言わずにはおれなかった。


 嫌われるために生まれてきたのだろうか。
 憎まれることを望んでいたのだろうか。


 違った。決してそうじゃなかった。3人もの人の命をこの手で奪っておいて言えることなどなにもないが、オレはそんなに悪い奴じゃないんだって、オレはそんなにおかしな人間じゃないんだって、みんなにわかって欲しかった。
 せめて、オレと同じ時間を共有していたことのある人達だけには分かってもらいたかった。オレを憎むのを、嫌うのを、思い出から削除してしまうのを止めて欲しかった。今更、惜しまれて死ぬことはできなくとも、せめてオレの訃報を聞いたときに笑うのだけは止めて欲しかった。
見苦しい。オレの言っていることは実に見苦しい。だけど、それがオレの正直な気持ちだった。
『伊丹のやってしまったことは、人として許されることではない。死をもって贖うしかないだろう。死刑も当然で、それを逃れることなんて決してできやしない。でも、それとは別に、伊丹にはこんなにも純真で、まっすぐな面があったのもまた事実だ。その事実が、伊丹の死を哀しくさせてしまう』
 そう思ってもらいたかった。
 オレの小説を読んで、今までうまく表に出せなかった部分を、少しでも分かってもらえれば、オレは最後に救われる......そんな気がした。
 そして、奇跡はさとうさんの手によってかなえられた。
 たった1人の母にも、オレみたいなどうしようもない奴のことを愛してくれているゆまにも、オレをライバルと思っているゆきちにも、良かったと。うまく言えないけど、良かったと思わせることができたかもしれない。
 それほどの反響があった。オレの減刑を求めて、署名運動まで行われた。死刑制度の廃止運動の声にも拍車がかかり、世論が耳まで傾けた。
 生まれて初めて頑張った。
 生まれて初めて報われた。

でも、小説を書かなければ、哀しい話を聞かずに死ぬことができたのも事実だった。
 どちらのほうが良かったのだろう?
 今はまだ、分からなかった。


(四)

ー伊丹 杏樹へー


 はっきり言って、伊丹に手紙書くのは、どうしようか迷った。
 だって、牢屋から抜け出してきて、シバかれたら困るから、ちょっと怖かったけど、あんたに一言言わずには死にきれんっ!と思いペンをとりました。
 ちょっとあんたっ!
 あんたの本に出てくる「どど」って、モロあたしのコトやんか!
 カーッと顔が赤くなるのと同時に、本を持つ手はワナワナと震えてしまいました(怒り)。えらく自分を美化した小説になっていたけれど、いつ、あたしが、あんたに、フラれたのよ!
 男のクセに未練タラタラで、ひつこく電話かけてきたクセに!
 なんか、あんたのほうがえらくカッコイイから、びっくりしたわ!(ストーカーのはしりのクセに、、、、、)
 ちょっと、あんた、笑ってへんやろね! 直接、モンクを言えないのが、無念でしかたない(少し怖いけど、、、、、)。
 あんた本当に何考えてんの!なんであんなコトしたん!こんなにも人を感動させるコトができるのに、なんであんたはこうなってしまったの!
 本読んで、あんたがあたしの知ってる伊丹のまんまで、あんたが昔と変わってなくて、あたしが好きやった中学の時のままのあんたやったから、不覚にも泣いてもうたやろ!あほ!!


P.S あたしだってがんばってんねんから、あんたも男やったら、最後までがんばってみせえや!ー


 突然始まった手紙は、突然終わりを告げていた。果たして、だ。これを俗にいうファンレターと呼ぶことができるのだろうか。いんや、できぬな。ファンレターというよりもクレームといってしまったほうがピッタシはまる。 
クレームの主は、中学校の同級生だった坂元みど。みどからのクレームは編集部へと送りつけられ、さとうさん経由で、オレの手元へとはるばるやってきたのだった。
 いきなり始まった手紙は、こちらの安否うかがいもなければ、近況報告も一切なかったけれど、逆にそれが、みどらしかった。強い筆圧も、オレの覚えているあの頃のままだった。
31年という人生が長いか短いか分からないが、31年の人生の中で、オレとみどが関わったのは中学3年生のときと、その次の年の2年間だけだった。
 年を重ねるにつれ、一年一年の重み、時の流れの速度は変わってくるが、あの頃の瞬間、瞬間には、今にない心揺さぶる沢山のものがいたるところで輝いていた。
 まだ世の中の広ささえ知らない少年少女たちは、今見ているものが世界のすべてで、その時間が永遠に続くと錯覚していたように思う。
 みどがオレの小説を読んでくれたのか。くすぐったいような、こっぱずかしいような、複雑な気分だった。
 同級生だから、あの子もすっかりおばちゃんになっているはずだが(また怒られるな)、オレの記憶の中のみどは、いつまでも最後に別れた16歳のままで色褪せることなく、─ちょっと、あんたっ!─
と口を尖らせて、オレを叱っていた。


 オレはみどからの手紙をもう一度読み返した。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)