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空から包丁が降る街~パンチパーマのおばはんが~

『尼崎の一番星たち』まだまだ絶賛!発売中!

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空から包丁が降る街~パンチパーマのおばはんが~



 尼崎にあって、かつて"異色の治安"を放ち続けていた地域があった。南武庫之荘。別名、守部なのである。今ではすっかり閑静な住宅街に様変わりし、鳴りを潜めてしまっているが、以前はそりゃ凄かった。
 なかでも守部にある団地の前に車でも路駐しようものなら、車内の荷物は全てなくなり、タイヤのホイールは剥がされ、それだけでは飽き足らず、フロントガラスまでパリンっと割っていただけるサービスがつけられたものであった。
 とりわけ県外ナンバーには手厳しく、多種多彩の様々なオプションがついていたのだ。
 他者を決して寄せつけなかった街、守部には県外どころか尼崎の住民すら寄り付かなかった。
「守部かいな。ワシもあそこの団地を待機場所にしとったからの」
と語る文政という治外法権を除いて、なのだが......。
 そんな異国の地、守部団地に果敢にも挑み、チャリンコをパクろうとした男がいた。
 その男の名は、たかちゃん。私の幼馴染みである。
 あれは、たかちゃんが中学一年生の頃。たまたま迷い込んでしまった守部で、歩いて帰るのが面倒くさくなってしまった。そんなたかちゃんの目に止まったのが、鍵付きの自転車だった。
 なんの躊躇もなく、たかちゃんはそのチャリンコに乗って帰る事を決めた。事もあろうに守部団地の駐輪場だというのに......だ。
 ひょいとチャリンコにまたがった瞬間、たかちゃんの顔すれすれに何かが落下してきたという。
 派手な音を立て地面で木っ端微塵になっているのは植木鉢。
 思わず団地を見上げると、三階の窓からパンチパーマのおばはんが身を乗り出し、植木鉢を持っていたらしいのだ。二発目を投下するつもりであったのは間違いない。
「まて! クソガキっ!!!」
と叫ぶおばはんの怒声を背に受けて、たかちゃんは一目散に駆けた。駆けまくった。
息を切らしながら、チャリンコに乗って帰るよりも早く家路に辿り着いてしまった。そんなたかちゃんであったが、私たちのグループの中では気合いが入っていた。
「沖ちゃん、もう一回行ってくるわっ」
拳を握りしめて私に宣言すると、翌日またもや単身守部団地に乗り込んで......。いや、正確にはチャリンコをパクりに行ってしまったのだ。
 前回が不可抗力なら、今回は確信犯。たかちゃんの背中は、まるで戦場へと向かうソルジャーであった。
 五分後、ソルジャーは叫びながら逃げ帰ってきた。
「包丁! 包丁! 包丁が降ってきたっ!!!」
 思わず私もその場から逃げ出してしまった。
 植木鉢の次は、包丁である。チャリパクでババアは人でも殺す気だったのであろうか。
 この修羅場で、たかちゃんは鍛えられたのかどうかはわからないが、二十歳を過ぎると超武闘派組織の門を叩き、伝説と呼ばれた親分の運転手に抜擢されたのであった。
 今ではパンチパーマの気合いの入ったおばはんもいない。路駐していたとしても、せいぜい駐禁を切られてしまうくらいだ。
 だが、その昔、尼崎には戦場のような街が確かに存在していたのであった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)