>  > 『ガキ使』ダウンタウン浜田雅功の黒塗りメイクが、なぜ人種差別にあたるのか 文・沖田臥竜
大晦日恒例のガキ使SP

『ガキ使』ダウンタウン浜田雅功の黒塗りメイクが、なぜ人種差別にあたるのか 文・沖田臥竜

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大晦日恒例のガキ使SP

あれは今から二十数年前。ドラマ『東京ラブストーリー』で一躍大女優の階段へと駆け上がった鈴木保奈美さんに会いたくなってしまった私は、必死になって現実に引き戻そうとする悪友2人を道連れにし、一路東京へと上京してみせたことがある。
無論のこと、東京駅に鈴木保奈美さんが待ってくれていることもなく、しばし途方にくれた後、とにかく寝ぐらを確保するため、歌舞伎町へと向かったのだ。
若さとは実に頼もしいものである。そこで私はコマ劇場前に佇む女性をナンパすることに成功してみせたのだ。年の頃は20歳くらいだったと思う。
名は今でも覚えているが、ここではMさんと言っておこう。
Mさんはケラケラ笑いながら、こう言った。
「なんかさ、ダウンタウンみたいな喋りかただね」
その時点で既に1人の悪友は戦線離脱していたので、そこから悪友2人と一人暮らしだったMさんの家に転がり込むことになった。ダウンタウンさまさまである。

そのダウンタウンが出演する年末恒例「大晦日年越しSP!絶対笑ってはいけない」で、浜田雅功さんが俳優エディーマーフィーに扮するために黒塗りメイクしたことが人種差別だと批判を浴びせられている。
いつからこんなおかしなことを言っても、相手にしてもらえる時代になったのだろうか。
黒塗りが人種差別に該当するというのならば、揃いも揃って黒塗りメイクした挙句に、歌なんか歌っていたラッツ&スターは、なぜ許されたのだ。
「黒人の方々をおちょくっとんのかっ!!!」
となぜならなんだ。
結局、逢えずじまいに終わったが鈴木保奈美さんの旦那さんのとんねるずだって、MCハマーとマイケルジャクソンに扮して「情けねぇ〜♪」と歌っていたぞ。あれも確実に笑いを取りにいっていたし、2人の姿を見て、笑った人たちもたくさんいたはずだ。
これは人種差別ではないのか。

昔はよくて今はダメにしてるのは、結局いつの時代も神経質すぎる現代の論調である。番組の趣旨が黒人の人たちの批判ならわかる。だが、笑ってはいけない、という番組はそんな内容なものじゃないことは誰だって知ってるだろう。
新年早々、そんなことでムキになってみせる人間に私はろくなヤツはいないと思っているが、TVをおもしろくなくしているのは、そういった一部の偏見の塊のような人種であることに気づかねばならないのではないか。

そもそも、浜田雅功さんの黒塗りメイクがいけないのなら、ビバリーヒルズコップで笑った人たち全てもいけなかったのか。そういうことだろう。
過敏になるな、とは言わない。しかし物事を悪意に解釈していれば、息苦しい世の中になってしまうことをもっと理解するべきである。

刑務所のTVとは違うのだ。強制ではない。気に入らないなら、チャンネルをかえるという選択肢も取り入れてみたらどうだろうか。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)