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雪舞う中庭

沖田臥竜の日常エッセイ!『茜いろの日々』第8話

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雪舞う中庭


インフルエンザで寝込んでいる間に、日本列島は関東地方を中心として雪に見舞われていたようである。
高熱に見舞われていた私からすると、それどころではなかったが、大雪に見舞われた方々からすると私のインフルエンザなど、だからどうしたという話だろう。

それはさておき。私には雪と聞くたびに思い出す光景がある。良い思い出ではない。どちらかと言うと苦い思い出である。


その日、舎房から工場へと向かう道中に横切る中庭には、雪が舞っていた。
そんな中で殴り合いでもおっ始めてやろうかと思う懲役もなかなか珍しいだろう。珍しいだろうが、私は昨晩から朝一にそんな中で、ある懲役をどつき上げようと決めていたのである。
今なら風邪引くからやめとこうとなるだろうが当時、私は血気盛んな二十代のおバカさんである。
すでに出房する時には、ケンカ支度を整えていたのだった。
とはいえ塀の中である。ケンカ支度といってもただ朝飯を抜き、トイレを済ませておくだけだ。
ケンカをして暴れれば、必ず保護房へと吸い込まれてしまう。その際、皮ワッパを嵌められれば用は垂れ流しとなってしまう。その為、突発的なケンカは別として、始めからケンカをすると決めている際には朝食を抜いておくのが懲役にとり、当たり前であった。

行進している最中にお目当ての懲役を見つけた私は、前で行進する懲役たちをかき分け踊りかかった。
実際そこまでは予定通りだったが、気がつくと私。中庭で柔道バカの副看守長と掴み合いとなっていたのである。
お目当ての懲役ばかりに目が行ってしまい、すぐそばに柔道バカの刑務官が居てたことを見落としてしまっていたのだ。
日頃から柔道バカと私はとにかく反目していた。
流れとはいえ柔道バカと掴み合うことになってしまった私は思った。

「こいつ大木かい!」

一瞬にして雪が薄っすら積もり始めた中庭に、背負い投げられてしまった私は、そのまま顔面に上から膝を叩きつけられて血しぶきが舞っていた。
柔道バカがどれほどの有段者か知らないが、これが柔道の試合なら間違いなく私の反則勝ちである。
すぐさま警備隊の2人が柔道バカの加勢に入り、あっと言う間にズタボロにされてしまったのであった。

「こらっ!柔道。オドレ娑婆まで持っていったるからな覚えとれよっ!」
娑婆まで持っていくというのは、出所後にまで持って帰り、社会でケリをつけてやるという意味である。
両腕を駆けつけた刑務官にからめとられ、保護房まで引き摺られるように連行されている間、私はずっと叫び続けていた。
視界に入った柔道バカは、その場で落ちた官帽を拾いながら、「やってしまった、、、」という表情を作っていたのを覚えている。
それには理由があった。
ちょうど、その頃、全国各地の刑務所で刑務官による受刑者への暴行が問題視され始めており、日常茶飯事だった刑務官の暴行が鳴りを潜め始めていたからであった。柔道バカも「しまった」と思ったのだろう。

保護房へ吸い込まれた私には、もうワッパもかけられなかった。
血と泥でぐちゃぐちゃになったままの格好で、私は大の字に横たわるとなんともいえない虚無感に襲われていた。
これからまた懲罰に座るのかと思うと心底、うんざりしていた。
その時だった。静まり返った保護房で、確かに聞こえたのである。
シンシンと積もる雪のねが、確かに耳に届いたのだ。

「沖田、大丈夫か?」
心やすい係長が保護房へと来てくれ、そっと薄手の毛布を差し入れてくれた。


あれから十数年が過ぎた。
だが雪と聞くと、いつもこの時の光景が、脳裏によみがえるのであった。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)