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美しき薔薇にはトゲがある

新連載!沖田臥竜の日常エッセイ!「茜いろの日々」第2話

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ー美しき薔薇にはトゲがあるー


ピンゾロである。おいちょかぶなら10倍といったところか。
西方面の人間にとっては、1月11日と言えばえべっさんでいう残り福となるのだが、いかんせん静養中の身である。えべっさんに出かけることもなく、ガリガリと原稿を書いている。
そもそも恵比寿さまにお願いしただけで商売繁盛、ホクホクとなれるのなら、えべっさんの風習がない地域は皆ごぞって不景気なのか。そうではあるまいて。

しかしりんご飴。
我が身は動けぬために、そのお裾分けに、誰かしらに毎年「何か屋台で買ってきてやろうか?」と言って頂く。
そしてよせばよいのに、いつも「りんご飴こうてきて」と言ってしまうのだ。

「でかいのでええの?」「でかいのがええねん」

尋ね返す方も、一抹の不安を覚えているのである。
そして届くりんご飴を前に、いつも私は呆然と立ち尽くす。
ペロリと舐める分には彼女は絶品である。見た目も神々しく、まるでゴッドハーデスを彷彿させてくれる。
味よし美貌よしで申し分なし、と見せかけておいて、彼女。りんご飴は心底、食べにくいのである。それも一度は食べることを断念しようかと頭によぎるほどのレベルだったりする。
りんごにコーティングされた水飴を大概、舐めまして舐めまわして舐めまわして、ようやくガブリと齧りけるポイントを自分なりに発見できるのだが、そこに辿りつくまでの果てなきことよ。
果敢にも舐め回すのに苛立ちを覚え、むやみやたらに乱暴すれば、必ず彼女はどこかしら水飴でベトベトにしてくれる。

まだ私のように、家で対峙するのであれば良い。時間をかけてでも汚れないように、彼女を露わにしていけば良いのだから。
だが、えべっさんの参拝の最中に彼女を買ってしまったら、最後。まずエクスタシーには辿りつけぬであろう。
彼女を手にしたばかりに、参拝にまで地味に支障をきたすことも請け負いとなるのであるまいか。

近年では、りんご飴の他に一口サイズのイチゴ飴やみかん飴もあるが長年に渡り、りんご飴と対峙してきた私に言わせるとあんな物、邪道でしかない。
ちっこいサイズのりんご飴もしかりである。
何を楽して、彼女の絶品を感じようとしておるのだ。500円の彼女が「だらしない男ね」と笑っているぞ。


彼女は言った。
「さあ私を召し上がれ。でもね美しいものには、ふふふ。毒があるわよ」


水飴を大破し、剥き出しになった彼女を齧りながら、りんご本来のしぶみに今年も、途方に暮れた残り福であった。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)