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ー忽然と姿を消した歩く情報機関「赤シャツ」ー

『尼崎の一番星たち』出版記念!生野が生んだスーパースターTake2

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ー忽然と姿を消した歩く情報機関「赤シャツ」ー


 大阪の裏社会に巣食う住民たちは首都東京、とくに都心に近づけば近づくほど、職務質問のメッカであると思っているフシがあったりする。
 何かの用事、例えば関東から関西へちょっとシナモノなんかを運んだ者が無事に法の網を潜り抜け、大阪に帰還を果たしたときなどは、「100メートルごとに職質 (職務質問)されて、どんだけさぶい思い (危険な思い)をしたことか」と鼻の穴を膨らませ、興奮気味に話を盛ることなんてざらである。
 たいがいは脚色交じりのヨタ話なのだが......。
 さて、その職務質問の嵐が大阪の某市にも普及してきていると文政に報告を入れたのは、文政のファミリーの情報機関を一手に預かる赤シャツだった。


 額の汗をピンクのハンカチで拭いながら、文政にことの事情を報告していた。


「最近は住吉のある地区に大きな商売をしている売人が生息していて、おかげで、怪しいな思たらすぐ職質してきますねん」
 文政は、赤シャツの報告を目をつむりながら、黙って腕を組んで赤シャツの話を聞いていた。
「夜に繁華街をうろつくパトカーでも、職質をおこなう方面隊は一発でわかりますわ。パトカーのライトを他のパトカーと違い下向きで走ってまんねん。そのパトカーの前で不審な動きとったら直ぐ職質してきますさかい、まさくんも気をつけたほうがよろしいでっせ」
 赤シャツは、そこまで一気に喋り終えると、脂ギッシュな額をまたピンクのハンカチで拭ったのだった。
「オドレさっきからなんの話しとんねん」
 文政は瞑っている瞼をゆっくり開き、赤シャツを睨めつけた。
 きょとんした顔で文政を見つめかえす赤シャツ。
「おいハナクソ。それがワシになんの関係があんねん」
「関係て......、一応、まさくんの耳にも入れとかなあかんかな思て」
「なんで拘置所いとるワシが職質に気つけなあかんのじゃボケ!」
 この時、文政は裁判の審理中であり、この報告も大阪拘置所の古びた面会室で受けていたのだ。
 確かに、塀の中で暮らす文政には、一切関係のないことだった。
「ワシはオドレになんか情報とってこいゆうとんじゃ! 誰がヒネの職質事情を、5年後の社会復帰のために予備知識入れとかないかんのじゃ! そんなもん、まつにでもゆうとかんかい!」
「しゅんましぇん......もちろん、まっちゃんにもすぐ言うときます。住吉で仕事 (車上荒し)はやめときやって」
 うなだれる赤シャツ。


 だが、だ。彼を侮ってはいけない。つまらん情報も山ほど持ってくるが、刺すように鋭い裏情報も彼は同じくらい所有している。
 その後、面会の規定時間は、所内の規定時間を大幅に経過していたのだが、文政の捲くしたる怒声はいつまで経っても鳴り止むことがなかったという。
 無論、赤シャツはなにも言い返すことができず、文政の怒声をただただ、うつむきながら聞いているだけとなってしまった。
 そして、散々どやし続けられた赤シャツは、うなだれたまま社会へと帰っていったのであった。


 その日の夜、文政から私のもとへ電報が届けられたのだった。


《兄弟、住吉区は職質のメッカなっとるから、気をつけないかんど》


 一応、赤シャツの情報を文政は無駄にはしなかったのだった。
 心配してもらわなくても、私は車上荒しなんてやらないので、職務質問の対象外なのだが、もちろんそんな野暮は言ったりしない。


そして忽然と姿を消した赤シャツの失踪は、もう時期1年を迎えようとしている。
多分、今頃、塀の中で懲役の身分となり、情報収集に余念ない受刑生活を送日している事だろう。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)