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〜桜舞う季節に散ったモン吉〜

『尼崎の一番星たち』出版記念!生野が生んだスーパースターTake2

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〜桜舞う季節に散ったモン吉〜


「モン吉」は、真冬以外、両腕から入れ墨を覗かせている。身長は低く猿に似た顔が、身のこなしの良さを連想させる。
 私が「モン吉」と初めてあったのは、まだ、寒さが少し残る四月上旬の事だった。


 その日、本部当番が明けた私は、無性に花見がしたくなってしまった。考えれば10数年、塀の中であった観桜会には参加していたが、一般社会で桜を観ながら、酒を呑んだ事がなかった。
 そう思うといてもたってもいられなくなり、直接の下の者や仲の良い人間達を、近くの公園へ集結させた。
 入れ替わり立ちかわりで、その公園に顔を覗かせた人数は、女性や子供達を合わせると、50人を数えた。
 だが、一つ問題があった。その公園には桜が咲いていなかったのだ。一つ問題、どころか大問題である。
 いくら私の気紛れで集まってくれたとはいえ、流石に桜がないのは私とて忍びない。かと言って、この人数で別の場所に移動するのも大変である。
 思案の末、私は携帯を取り出し、「文政」の携帯を鳴らした。


 10分後。何かを追いかけるような慌ただしさで、一台のベンツが公園に横付けされた。
「兄弟っ! 何が桜ないのに花見やねん。無茶苦茶ゆうのっ!」
怒鳴るように運転席から「文政」が姿を現した。
そして、助手席からは、桜の花びらがついている枝を握りしめた「モン吉」が降りて来た。
「兄弟、コイツな、桜散らしの墨ついとるから、ちょうどええやろっ。おいっ、モン吉! 袖まくらんかいっ!」
 確かに両腕から覗く入れ墨には、桜の絵柄が散らされている。
 唖然とする周りの者を「文政」は全く気にする事なく、コップに注がれたビールを煽りながら、一方的にバクチの話しをし始めた。
 機嫌よくバクチの話しをするという事は、勝ったのであろう。
 その間も「モン吉」は桜の花びらのついた枝をずっと握りしめてくれていた。
 その「モン吉」がパクられてしまったのは、花見からまだ10日余りしか経っていなかった。容疑は、銃刀法と発射罪。世間を騒がせての現行犯逮捕だった。


 うす暗い裏社会に生きる者達は多くいるが、その中でも「文政」が生きている場所は、暗黒の場所だった。現役のヤクザ達より、明日がわからない、というのは、本人達が一番理解している。
 花見から10日余りが過ぎたある日。大阪市内で、「文政」が大勢の警察官に囲まれるという事件が起きた。
 瞬時に精鋭達が「文政」の救出に向かった。この世界の人間は、特に集合するのが早い。ましてや囲まれているのがファミリーのトップともなれば、なおさらだ。
 こういう時の警察側の対応は決まっていて、どれだけ周りに人間が集まってこようが、ターゲット以外には眼もくれない(公務執行妨害や明らかな犯罪をおかせば、標的が変わるが......)。


 その日は、ある事件で「文政」のガラをとろうと警察も本気だった。
 そこに現れたのが「モン吉」だった。
「モン吉」はファミリーに入ってから日はまだ浅かったが、「文政」に対する惚れ込みようは、かなりのものがあった。
「モン吉」は盗難車で颯爽と現れると、運転席から飛び降り、銃声を一発鳴らした。
 谺する銃撃音。
「何事だっ!」と肝を冷やしたのは、「文政」を取り囲む警察官達であろう。
 ここで一言「兄貴っ! 逃げてくれっ!」とでも叫んでいたら、後の逮捕で「文政」にも共同正犯が適用されていたであろうし、「モン吉」も逃走幇助が問われていただろうが、「モン吉」は無言であった。
 一瞬の静寂の後、「文政」を取り囲んでいた警察官達が、「モン吉」へと踊りかかった。
 そして「モン吉」は、呆気ないほど簡単に取り押さえられるのだが、その隙に「文政」は姿をくらます事ができた。


「モン吉」は、この件で現在も長期服役中ではあるが、その後、誰にも類は及んでいない。
「文政ファミリー」の中には、「文政」の名を身体に刻んでいる者や、文字通り「文政」に命を預けている者などが多くいる。
「文政」の太く短い自由奔放の生き様に、多くの者が惹かれているのだろう。


 それは、大阪府警の悩みの種でもあるのだろうけども。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)