>  > 角田美代子尼崎事件〜事件は闇の彼方へ 文 沖田臥竜〜
角田美代子尼崎事件

角田美代子尼崎事件〜事件は闇の彼方へ 文 沖田臥竜〜

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角田美代子尼崎事件

李正則と私の当時の上司が尼崎東警察署で七カ月、寝食を共にしたことから、李の供述内容など様々な事を耳にした。


当時、上司の差し入れなどで私自身、毎日のように尼崎東警察署へ足を運んでいたのだが、その頃には既に李は留置場の古株として扱われていたという。


李は開口一番
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
と私の上司に詫びている。
それは取調官との雑談中に李が話した
「昔、世話になったことがある」と話したことが原因だった。
その意味は私が所属していた下部組織の人間に可愛がってもらった事があると、いうものだったが、それが非公式として尾ひれをついてマスコミへと広まり、あたかも李がヤクザ組織と関係していたような誤解を生んだ。それを李は詫びたのであった。


李は尼崎のW中学を卒業しているが、特段知られた存在ではなかった。二十歳過ぎに逮捕された事もあったが、世間を騒がすような事件とは程遠いものだった。


結局、角田ファミリーに欠かせないものとなったのは覚醒剤。それによるファミリー間の性行為の乱れは、李の供述内容でも明らかにされている。


実際、李だけではなく角田美代子自体、尼崎では知られた存在ではなかった。
あれだけの事件を犯しておいてと思われるかもしれないが、角田美代子らの事が事件前に噂になったことはまずない。
それは角田らが活動場所として選んだ杭瀬という土地柄が原因だったのだろう。
逆に言えばあの土地だからこそ、人知れず事件が広大していき大事件に繋がっていったと言えるのではないか。
ファミリーがよく姿を見せたと言われる五色横丁やその界隈はひどく過疎化が進み、交わされる内容などまず尼崎の中心部。中央などには届かない。そこでの有名人も同様である。


ある著書によると、あたかも角田ファミリーと裏組織との関係を記している記載もあったが、その組織自体実在しない。秘密結社のように書かれたその組織とは、ある駅周辺にたむろする生活保護者のグループに過ぎない。
その中にはヤクザ崩れが多く、現役を名乗っている者も少なくない。毎日のように集まって、兄貴やの親父やのとやっており、その会話を真に受けて取材していくとあたかも、そういう組織があったかのような誤解を生んでしまうのだ。


覚醒剤と同じように、この生活保護の不正受給もまた、この事件と切って切りはずすことはできない。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)