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〜レジェンド〜

「尼崎の一番星たち」出版記念!文政プレイバック㉓

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〜レジェンド〜

まだ、私が現役でヤクザをやっていた頃の話である。珍しく家でくつろいでいると、そんな時に限って携帯電話が必ず鳴る。
携帯電話の画面を見ると事務所からである。
チッ、せっかく今からDVDでも観ようと思ってたのに、またなんかあったんかい、と思いながら電話に出た。


「もしも~し、代行でっか。休んでるトコすんません。本部宛に手紙が届いてまっせ!」
大した用事でなかったことにホッとしながら、私は差出人を尋ねた。
「大丸て書いてまんな」
......なんや哀れかい。
また、あいつパクられよったんかいと思いながら、後で取りに行くことを告げ、電話を切った。


大丸一番。通称"不死身の「哀れ」"。
ある意味において、関西裏社会のレジェンドである。


伝説の始まりは、今から10数年前。とあるラブホの一室。哀れは連れ込んだ女性に愛を叫んでいた。


「ほんならあれかいっ! ここから飛び降りたら、オレがどんだけお前のコト好きか伝わるんかいっ!」
どういう会話を交わしあえば、こんな台詞がでてくるのか、常人には理解不可のこの領域。笑ってしまうが本当の話である。
女性も叫びかえした。


「飛べるもんなら飛んでみいやっ!」


愛ではない。愛を確かめ合っているのではない。多分、女性のほうは、一秒でも早くチェックアウトしたかっただけではなかろうか。


だが、その瞬間哀れは、無理矢理ホテルの窓をこじ開け、なんのためらいも見せずに宙に舞った。
部屋の高さは充分、命を落としてもおかしくない高さである。
 
結果、運命の女神は微笑んてくれなかったけれど(当たり前だが)、苦笑いくらいはしてくれたのか、命だけは落とさずに済んだ。
ただ、両脚の自由はきかなくなり、車椅子生活を余儀なくされるコトになってしまったのだが......。


それまでの哀れは、そこそこ普通にしっかりはしていたと思う。
イキゴシだってそこそこあったし、アゴだってそこそこ立っていたように思う。
思うのだが、なにせ、すべてがそこそこレベルだっので、正直あまりよくは覚えていない。
だけど、そこからの哀れのインパクトは非常に強いため、私の脳裏にはしっかりと刻み込まれている。


哀れの本当の伝説は、ここから崩壊────いやいや失礼。加速していく。
 
初めてダイブから3年。
また同じような場所で、同じようなシチュエーション?を繰り返し、哀れはまたもや愛を叫んで見せたのである。
そして、またしても叫びかえされてしまった。
「飛べるもんやったら、飛んでみいや!」
哀れ、またしても宙に舞う。
 
この時も、運命の女神は微笑んでくれていない。
でも、絶句くらいはして下さったのか、またもや死なずに済んでいる。
ただ、車椅子から今度は寝たきり状態になってしまった.........はずなのに、はずだったのにだ。


驚異的な回復力を見せたのか、さらに一年後、哀れは逮捕されてしまうコトになってしまう。
寝たきりのはずなのに、容疑は強盗。
 
そのとき、哀れから届いた手紙にはこう書かれてあった。
「先輩っ! 今回はぜえーったい絶対、冤罪でっせ! ワシ寝たきりやのに、タタキなんてできしませんやろっ!」
知らんがなである。
 
この話を文政に伝えた時、彼はこういうコメントを残している。
「そいつ、使えるのう」
どのあたりりをどのように使うのか、凡人の私などにはさっぱり理解できない(おそらくは、当たり屋部門的な部署だろうが)。


そして今回の逮捕で哀れがどんな伝説を作ってくれたのか少し気になったので、すぐにでも取りに行こうかと思ったのだが、結局DVDを観るほうを選んでしまい取りに行かなかった。
 
その後も、毎日のように事務所にいたのだが、なぜか哀れの手紙を読むことはなかった。
ただ、差し出し先が、どこかの県外の拘置所だったことだけは覚えている。
ある意味において、関西裏社会のレジェンドである哀れ、今回もなにかしらの伝説を残したのであろう。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)