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ー盃直しー

小説「忘れな草」第44話 最終章 沖田臥竜

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ー盃直しー

平成22年1 2月

「ご苦労様ですっ!!」
高級車が横づけされるたびに、気合いのこもった挨拶が飛び乱れる。
「おっ、ご苦労さんっ」
カンロクのある大男が横づけされた高級車からすべり降りてきた。
オレはその男に視線を放ちながら、横に並ぶ、舎弟のつねに小声で尋ねた。
「あれっ、誰や?」
「あれ、誰やって兄貴、吉本の代行でんがなっ。
山陰抗争の時に、相手方の事務所に単身で乗り込んで、死人すらでなんだけど、そこにおった4人
、全員の身体ん中にタマいれたゆう、伝説の武闘派でんがなっ。
あの人が実子につくゆうたから、山神は割れやんですんだって、もっぱらのウワサでっせ」
つねが妙に熱を帯びた声で説明してくれるのは有り難いが、実際のところ興味すらなかった。
「ふ~ん、伝説ねえっ」
「またそんな気のない返事して。もっと兄貴もこうやって積極的に義理事なんかにも顔出してやね、横のつながり広げていったほうがよろしいでっせ。
かりにも一家のカシラやってはるんでっから、もっと頼みまっせ、兄貴っ」
兄貴、兄貴と頼まれても、本人がやる気ないのだ
から、仕方あるまい。
別に何もヤクザをやる気がない、と言ってるのではない。
ヤクザは好きだ。好きでこの世界で生きている。
ただヤクザは好きでも、当番だとか、義理事にかりだされるのが、嫌なのだ。
嫌なのにヤクザをやってるお陰で、オレは山神組の二代目盃直しの警備にかりだされていた。
ヨソの組織の盃直しの警備にかりだされているのは、ウチの本部と山神組が昔ながらの親戚関係にあるからに他ならない。


くだんの吉本が2人のボディーガードを従え、目
の前を通り過ぎていく。
まるでウェーブのように、立ち並ぶ組員達が次々に腰をおり気合いの入った「怒声」で、それにこたえた。
「ご苦労さんですっ!!」
オレも「オッス」のかけ声と共に頭を下げた。
終始ニコニコ顔の吉本の姿が、会場へと消え去るまで、挨拶は続いた。

「そろそろ兄貴もこういった場面で、挨拶される側にいってもらわんとねっ」
吉本が消えた会場に視線を這わせながら、しみじみとつぶやくつね。
「やかましわいっ!」
「あいたっ!!」
思いっきり、つねのケツを蹴り上げてやった。

その時だった。
ざわついていた雰囲気は水をうったように静まりかえり、ゆうに一千万は超えるといわれる超高級車が滑り込んできたのは。
その超高級車の登場に、あたり一面が一気に緊張で漲っていくのがわかった。
後部座席のドアが開け放たれる。
中からはまるで俳優のような優男が姿をあらわした。
甘いマスクにスラッとした体躯。
「親分」という肩書きよりも、「モデル」か「ホスト」といった方がしっくりとくる。
「ごくろうさまですっっ!!」
割れんばかりの挨拶が一斉に谺した。
今日の主役の登場だった。
車から降り立った山神はその挨拶にこたえるコトも表情をかえるコトもなく、二代目山神組々長になるために、ただ会場へと突き進んだ。
先程と同じ光景が繰り返され、立ち並ぶ組員が腰を折り、頭を下げた。
右から順にウェーブがおこり、山神が近づいてくる。
オレの右横に立っていたつねが、気合いの入った声と共に頭を下げた。
オレの目の前まで山神がやって来た。
オレは頭を下げるコトもなければ、視線を下げるコトもせず、目の前を通過しようとする山神をじっと見ていた。

正面に向かって歩を刻みつけていた山神が、足を止め首を傾けた。
山神の視線の先。オレがいた。オレを見ていた。
オレもその山神の冷え冷えとした冷眼を見返していた。
絡み合う視線。
なぜだかわからない。
今更、樹愛をとられた嫉妬心から、対抗意識を燃やしてるのではない。
まったくないか、と言われればウソになるかもしれないが、もう樹愛とのコトは、遠い昔に過去のものとなっていた。
オレはオレで今、幸せな場所で生きている。
それなのになぜか、本能が山神に頭を下げるコトを拒否していた。
「何やっとんじゃぁこらぁ!親分が通られとんのやろうが!頭下げんかいっ、このアホンダラツ! !」
山神にピタリとはりついていたプロレスラーのような大男にがなりたてられた。
「あっ、あにきい 、、、」
あわてふためいたつねがオレの袖口をひっぱった。
オレは山神と絡み合ったままの視線に、一瞬力をこめた後、ゆっくりと視線を外して頭を下げた。
「えろうすんませんでしたっ...ごくろうはんです」
死んだようなくさった声だった。
「どこの枝のもんやぁ!後で調べとけっ!」
頭を下げるオレの頭上を先程の男のがなり声が通り過ぎた。


「あっ、兄貴っ、いったいどないしましたんっ!?」
山神御一行が会場へ吸い込まれた後、たまりかねたようにつねが言った。
「別になんもあらへん...」
オレは首元のネクタイを荒々しく緩めた。
「別になんもないって、オヤジにでも報告されたら、またどやされまっせつ」
「知るかっ、アホ」

オレは会場に背を向けて歩き出した。
昔からそうだった。
己よりはるかに上の者をみると、妙に意地を張ってしまいたくなる。妙に突っ張ってみたくなる。
樹愛のコトが関係しているのか、関係していないのか、それはオレにもわからなかった。
オレは今にも降り出しそうな空を見上げながら
「まだまだ挨拶される側の人間にはなれそうもないのぉ...」
とひとりごちた。

「兄貴っ!どこいきまんねんっー!」
背中でつねの声が追いかけてきた。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)