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小説「忘れな草」第41話 最終章 ーあの頃のようにー

小説「忘れな草」第41話 最終章 沖田臥竜

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平成5年11月

オレはどろどろの作業着のままで、デパートの宝石売り場に立っていた。
何も強盗でもしてこましたろかいっとたくらんでいるのではない。
もちろんズボンの後ろポケットには、無造作に突っ込まれた出刃包丁など入っていない。
入っいるのは、流した汗とまみれた泥で貯めた金だけだ。

「おばちゃんっ、コレちょうだい」
ショウインドの中で輝くネックレスをオレは指さした。
一瞬、おばちゃんという言葉に、険しい色をにじ
ませた、推定30過ぎの女性店員は、ひきつった営業スマイルを貼りつけながら、
「こちらでございますねっ、少々お待ち下さいっ」
と、作り声で愛想よくこたえてくれた。

樹愛の18回目のバースデー。
泥まみれになるまで働いた金で、樹愛に贈るプレゼント。
中学を卒業してこのかた、自慢じゃないが、働くどころか汗水すら流したコトない歩くぐうたらが、樹愛と暮らし始めて3ヶ月。真面目な「勤め人」にヘンシンしていた。

仕事に生き甲斐を見つけてしまったとか、やり甲
斐を感じてしまったとか、ウソにしてもウソ過ぎて口にするコトは、はばかられたが、愛は確実にオレを更正させていた。
働きつかれ明日こそ休んでこましたると毎日思いながら家路へと着くのだが、「お疲れ様 !」と樹愛に笑顔で迎えられてしまったりすると、思わず「いってまいりますっ!」と夜勤にでも飛び出してしまいそうな勢いがこの時のオレにはあった。

十七歳のひよっこが何をいうかっ、このたわけがっ!と大正生まれのご老大にきかれたら一喝されそうだが、人生でこの時期ほど真面目に働いたのは、後にも先にもなかったのではなかろうか。
樹愛は見事にオレをかえてくれていた。

樹愛と暮らし始めるまでのオレのビジネス(と言えるかどうかは別にして)といえば、母の財布から金をガメるか、姉の貯金通帳から、姉がコツコツ貯めたバイト代を引き出すくらいしかなかった。
まったくの不景気だった。
そんなオレが3ヶ月休まず働き、その働いた銭で好きな女の誕生日にプレゼントを買おうというのだ。
胸くらいはってもよかろう。
樹愛じゃなくとも思わず惚れてしまいそうだ...。
オレは推定 30過ぎのおばちゃん(店員)から、プレゼント用の包装紙につつまれたネックレスを受けとった。
包装紙には真っ赤なリボンがつけられていて、思わずテレくさくなる。

デパートからアパートまでの帰り道。
プレゼントを渡すのはオレなのに、まるでプレゼントをもらうような顔をしていたと思う。
それくらい嬉しくて仕方なかった。

「ただい一うわぁっ」
アパートのドアを開けたと同時に、樹愛が抱きついてきた。
「おかえりいっ!」
「あかんてっ、服汚れるがなっ、ドロドロやのにっ」
「いいのっ。ちょっとだけ、このままこうしとって 。ギュッとしながら、こうしとって」
オレだけに見せてくれる表情。
オレだけにきかせてくれる声。
オレは18歳になったばかりの樹愛を力いっぱい抱きしめた。

「あぁっ!何かもってるぅっ!!」
抱きしめて、ギュッとしたせいで、服の中に隠していたプレゼントに気付かれてしまった。
「いやんっ、ちょっとなによっ。さわらないでよ
っ、もうっ!」
樹愛が言ったのではない。
オレがボディーチェックをしようとする樹愛に言ったのだ。
隠し持っているネックレスを樹愛が奪い取ろうとするので、オレは身をよじって抵抗した。
「何もホンマ持ってへんて。それよりメシにしようやっ、なっメシ!」
「いやっ!いやっ!いやっ!みせてくれないややっ!」
駄々つ子のように地団駄踏んで、樹愛は頬を膨らませた。
「なんやねんっ。そんな顔してみやんとってくれやぁっ。だーあっ!わかった、わかった、しゃあないなっ」
ちょっとスネたような上目づかいで、樹愛に言われてしまうと、オレはどんな言うコトだってきいてしまうだろう。
本当はもうちょっとカッコイイセリフと共に手渡したかったのだけど、観念して作業服の下から、プレゼントを取り出した。
「3ヶ月間、休まんと働いた金で樹愛の為にこうたねん。自分で働いた金で、初めてこうたプレゼントやから、パクりもんちゃうし、安心してうけとってくれ」
プレゼントを受け取った樹愛の瞳は、大きく輝い
ていた。
ほんの今スネていたかと思えば、もう樹愛は笑っている。
樹愛の表情は子猫の瞳のようにころころと変わった。

「うれしいっ、おぼえててくれたんやあーっ」
「しらこいわっ!昨日からプレゼント、プレゼントって2百回以上はゆぅとったやろうがっ」
「うわぁ、うれしいなっ。あけてええっ?」
オレの話しなんて、てんで聞いていない。
「ホンマかなわんのぉ。ええよ」
オレはなんだかおかしくなってきて
「エッヘヘヘ、なんやろなっ」
といいながら、キレイな指先で丁寧に開封する樹愛を見て、笑っていた。
「あ一っ!ネックレスー!3ヶ月間休まんと働いた金でこうたねん。自分で働いた金で初めてこうたプレゼントやから、パクりもんちゃうし安心してうけとってくれっbyつかぐちじゅり。つけて!つけて!」
樹愛は、はしゃぎながら、オレの物真似?を一席ぶつと、背中をオレの方にくるっと回転させ、セミロングのソバージュをかきあげた。
オレは樹愛からネックレスを受け取ると、慣れない手つきでフックをかけた。
「いいやろうっ!」
首に巻いたばかりのネックレスを見せびらかす樹愛。
「ええのおっっ、誰にこうてもうたねんっ?」
「デヘヘヘッ、いいでしょう。彼氏にこうてもうたねんっ!じっちゃん、だぁーいスキッ!」
樹愛が飛びつくように抱きついてきたので、思わずひっくり返りそうになりながら、樹愛を受け止めた。

永遠に続くと思っていた。
年を重ねていった者から見れば、「ママゴト」と笑われてしまうかもしれないけれど、永遠にこの暮らしが、明日も明後日も続いていくと信じていた。
樹愛と見たい景色。行きたい場所。聴きたい歌がたくさんあって、眠るコトすらもどかしかった。
全力だった。全力で樹愛を愛していた。
オレも樹愛に全力で愛されていたと思う。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)