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小説「忘れな草」第40話 最終章

小説「忘れな草」第40話 最終章 沖田臥竜

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平成5年11月

「さて、じっちゃんに樹愛から出題です。
12月20日は一体なんの日でしょうか?チッコ、チッコ、チッコ」
前もってわざわざ樹愛に出題してもらわなくても、そんなコトは5年も前からとうに知っていた。
「なんやねん、大型ゴミの日かあっ」
「なんでゴミの日やねんっ!アンタあほとちゃうっ。樹愛のハッピーバースデーやんか!」
「あっ、ゆうなやぁ!せっかく知らんフリしていきなり驚かすプロジェクトやったのに」
何気ない会話のすべてに愛があった。
普段だったら、バカバカしくて、照れ臭い「アイ
ラブユウ」なんて言葉でさえ、今なら樹愛のために言うコトも歌ってやるコトも出来そうだった。
ワケわかんねえよなっ、そうワケがわからないくらい幸せだった。

何もない部屋にひとつずつ、ひとつずつ、色々な物が増えていき、その増えた物の分だけ、2人の距離が縮まっていった。

オレは樹愛に樹愛の知らないオレの話しをいっぱい話した。
樹愛にオレのコトをもっともっとわかってもらいたくて、いっぱい、いっぱい話しをした。
樹愛はそんなオレの話しをいつも微笑みながら、聞いてくれていた。
なんだか母のようだった。
オレはなんだか子供のようだった。
どれだけ話しをしても、話したいコトはいくらでもあった。
樹愛は自分のペースでゆっくりと自分の話しをしてくれた。
好きな歌や、好きな色。好きな言葉や好きな場所。
そして好きな花。
オレのペースは早過ぎて、樹愛のペースはゆっくりだった。
それが二人のリズムだった。

「よこ、すわろっと」
買ったばかりのこたつの真正面に座って、みかんをむいていた樹愛が、オレの陣地へと割り込んできた。
「あったかっ」
オレに寄り添いながら、つぶやく樹愛。
なんでもできそうだった。
なんにでも立ち向かっていけそうだった。
樹愛にしてあげたいコトをいつも考えていた。
たとえ小さなコトでもそれが叶えば嬉しかった。


「あーっ、なんだか樹愛は世界に一つしかないアイスクリームが食べたくなってきたぞぉ」
そう言われれば、日本中を...いいや、世界中をかけまわったとしても、そのアイスクリームを探し出してみせようとしただろう。


「楽しみやな~っ、じっちゃん何くれんのかなっ。でもじっちゃん、あんまし、お金持ちじゃないからなっ。なにかな~っ。おいっ、塚口くん。もう樹愛にあげるプレゼントは決まっておるのかね?」
「知りませんっ」
オレはぴしゃりと樹愛を跳ねつけた。
「あっ、じっちゃんのいじわるっ。いいやんかろ!ちょっとぐらいっ!なぁっ、いじわるしやんと、教ええよっ!なあ!なあ!なー!」
「だめですっ」
「ケチ!塚口のケチッ!」
そう言いながらボコスカッと殴りかかってくる。

「こらっやめろっ」
ブンブンッと振り回す樹愛の両手を掴んだ。
一瞬時が止まり、戸惑うように見つめ合う2人。
樹愛はゆっくりと瞳を閉じた。
オレは優しく樹愛の唇を奪った。
流しっぱなしのラジカセからは、あの曲がながれていた。

振り返っていつも思うコトがある。
オレがあの時いた場所こそが、ずっと捜し求めていた、そして今尚、捜し求めている幸せという場所だったのだと。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)