>  > 小説「忘れな草」第39話 最終章ー激震ー 沖田臥竜
最終章ー激震ー

小説「忘れな草」第39話 最終章ー激震ー 沖田臥竜

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

最終章ー激震ー


平成22年1 1月


その男のウワサをきいたのは、事務所でテレビを観ている時だった。
やくざが事務所でテレビをボケーッとみていられるのだから、日本という国はよっぽど平和なのだろう。

「カシラ聞いたかっ?」
本部長の堂島がそんなオレに喋りかけてきた。
「何をでんねん」
「山神んトコの話しやがなっ」
「山神」とはウチの本部と親戚関係にある組織で、構成員5百人を超えるこの街最大の組織だった。
山神の親分が高齢を理由に、先頃、後進に道を譲
るという話しは、オレも耳にはさんでいた。
「二代目の話しでっか。確かあそこのカシラは片桐ゆうんとちゃいまんの。アゴひげはやした、からのごっつい、アレがとりまんのやろ」
「それがちがうんや。ワシが山神組にいてる兄弟分から聞いた話しやったら、あそこの実子いとるやろ。どうもなの実子がとるらしいどっ」
「ホンマでっか! ?」
驚いた。山神の実子のコトはよく知っている。
向こうはハナにもかけていないかもしれないが、こちらはよく知っている。
齢はオレとかわらない。この街で少しでも不良をかじってきた者で、山神の実子のコトを知らない者はいないだろう。モグリでさえ知っている。
よく思っていない者は、親の七光りと嫉妬ややっかみをこめていうであろうし、特にオレの場合は因縁浅からぬ相手だった。

口をきいたコトはない。幾度か逢ったコトはあるが、相手にされたコトすらない。
オレとは見ている世界が違った。
山神は十代の頃、この街の悪ガキ共の頂点に君臨し、すべての悪ガキを見下ろしていた。
ケンカが強いとか、根性があるとか、そんなものでは太刀打ちできないものを生まれ持った時から、手にしているものの強さ。
マンガやドラマじゃないのだ。
そんなものにかなうはずがない。
同じ同世代の不良とはいえ、次元が違い過ぎてライバル心もなかった。
ーああーっ、オレとは生きてる世界が違う人間ー
そういうとらえかたでオレは山神を見ていた。
ある時期までは...。

ある時期からオレは山神のコトを強く意識しだした。
理由は樹愛にあった。
樹愛が山神の女になったからだった。

「ホンマのホンマやがなっ。なんでも今、山神組は上へ下への大騒ぎらしいどっ。
もしかしたら割れるんとちゃうか、ゆうもんまでおるらしいからの」
樹愛が選んだ男だ。それなりの「人物」なのであろう。
それでも5百を超える大所帯だ。親分と呼ばれるクラスはゴロゴロといる。
堂島の言う通り割れてもおかしくはないだろう。
オレはそんなコトを思いながら、樹愛のコトを考えていた。

あの日偶然、樹愛と再会して以来、その後一度も樹愛とは逢っていない。
何度かまた逢えるんじゃないだろうかと思って、樹愛と再会したコンビニに出かけてみたけれど、結局再びの邂逅をはたせるコトはなかった。
樹愛は今、何を考えているのだろうか。今、山神の隣りでどういう景色を見ているのだろうか。
あの日オレは山神の話しはきかなかったし、聞く必要がないと思った。
それだけ樹愛は幸せそうだった。幸せそうに見えた。
山神に大事にされているからこそ、あんないい笑顔で笑うコトができたのだろう。

樹愛が5百人からのヤクザの親分の姐さんになるかもしれないのか。
オレには到底かないそうもない。

「はてさて、どうなるもんかの。当分、山神から目が離されへんでぇ」

堂島の声をうわの空できいていた。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)