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〜我輩はヤクザである〜

小説「忘れな草」第35話 沖田臥竜

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〜我輩はヤクザである〜


さて、我輩はヤクザである。
家の近所で路駐してある車に、セルシオをぶち当て、
「おい、こらっあほんだら!どことめくさっとんねんっ!」
とかまし上げ、たらふく修理代をふんだくったりする、ろくでなしである。
キャバクラへと出かけ、延長してもらう時だけ、急に接客態度がよくなるネーちゃんに腹を立て、店長もろとも込み上げたあげく、呑み代を次の分まで「ロハ」にしてしまうタイプの人でなしである。
人はそんなオレをオタンコナスと呼ぶ。

おばば邸へと急ぐ車内で、オレの胸は踊っていた

おばばをどう調理してやろうかと、一人ほくそ笑んでいた。
あの豪邸から察して、あのおばば、かなりアコギなやり方でためこんでいるに違いない。
オレがいくらオタンコナスとはいえ実母とかわらぬ年齢のおばばから金を巻き上げるのは、流石に良心が痛む。だけどおばばは違う。あれは、ばばあの皮を被った、どちらかというと、こちら側の住人だ。
金どころか、あの豪邸を取り上げた所で、良心は痛まない。
さて、どうしてやろうか。
サイフの中の二千円が帰りには、いくらになっているか想像すると、心はすこぶるはずんだ。
骨のずいまでしゃぶり倒してやろう。
「短い間やったけど、達者でやれよっ」
オレは膝の上でスヤスヤと眠るちびすけの頭を撫でた。
ちびすけはまるで安心しきったように、眠り続けていた。
この時のオレはおばばのような、欲にまみれた顔をしていたに違いない。イッヒヒヒ...。

「ねえっ、どうしたのっ、どうしたのっ、どうしたのっ!」
あいのすけは興奮した表情で、どうしたのっ!を繰り返して、玄関からリビングへとかけて行った。

「ぶうすけっ!たいへんやっ!たいへんやつ!じゅりが犬持って帰ってきたぁ!犬持って帰ってきたあっ! !」
大騒ぎのあいのすけがお兄ちゃんのりゅうのすけへと報告している。
「うっそおっ!?」
それにこたえたりゅうのすけの声が聞こえてくる。オレはちびすけを抱いたまま、リビングへと入った。
「ただいまっ」
「うおぉっ!ホンマやっ!」
「なっなっなっゆうたやろっ!なっなっなっゆうたやろっ!」
りゅうのすけもあいのすけも瞳をキラキランに輝かせて、小さな胸を興奮させていた。
「かわいっ」
そしてもう一人。よくみれば、鬼軍曹も...失礼。ゆまもちび達と同じ瞳をしていた。

「なあっ樹里、この犬どうすんのぉ⁈」
「あいも抱っこしたいっ!あいも抱っこしたいっ! !」
いきなりの大歓迎を受けたちびすけは、オレの腕の中で小さく震え、「くーんっ」と頼りな気な声をもらした。
両手いっぱい広げるあいのすけにちびすけを手渡した。ちびすけを抱くあいのすけの顔も、あいのすけに抱かれたちびすけの頭を撫でるりゅうのすけの顔も、そしてそれを見守るゆまの顔も、みてるこっちが嬉しくなってしまうほど、幸せそうだった。
やはりちびすけを連れて帰って来て、正解だった。
本当はちびすけをかえして、かわりにおばばから
、金をぐっすらと、ふんだくるつもりだった。
それが膝の上でスヤスヤ眠るちびすけを見ている内に、気が変わってしまった。

オレがおばばの屋敷に到着した時には、おばばは紙きれとボールペンを握りしめ、屋敷の前に立ちすくみ、えらく似合わぬ顔で、オレを迎えてくれた。
抜け目ないおばばのコトだ。
手に持つ紙きれに、オレの車のナンバーでも控えるつもりでいたのだろう。
もちろんそんなコトは心配なかった。セルシオは正真正銘、オレのものだったけれど、車の名義人はオレではない。
ナンバープレートから名義人を割り出した所で
オレに辿り着くコトは、まず不可能のように出来ている。もっとも、そんなコトを心配するようなコトをオレはする気なかったのだけれど。
ちびすけを連れて帰ると決めた以上、話しは十分とかからなかった。
いったんオレは儀式として、おばばにちびすけを返し、さっき支払った9万5千円を受け取った。
神妙な顔をしてるとはいえ、そこはなにわの商売人。間髪いれずドックフードもかえしてくれという。
ペットショップにでもいけば9百8十円で売られているドックフードをまた1万円でさばく気なのであろう。
まったく懲りないおばばである。

「おばちゃん」

オレはおばばの訴えを一切ムシして語りきかせるように、ゆっくりと話し始めた。
「さっきも電話でゆうたように、おばちゃんにはちゃんと頭下げてもうたし、金もちゃんとこうして、かえしてもうたから今回のコトはこれでもうええっ」
おばばは、神妙な顔でうなづいている。
「でもな、おばちゃん。オレは困ったコトにおしゃべりやねん」
おばばは、最初オレの言わんとしてるコトの意味を掴みかねている様子で、ただ海千山千の直感だけで警戒心をあらわにした
「今日あったコト。つまりおばちゃんという人間に出会ったコト。犬をかおうとしたけど、買えなかった経緯。おばちゃんとの会話のやりとり、もっといえば家が大きかったコト、おばちゃんが右手の薬指にはめてる指輪のダイヤモンドの大きさまで、ぜーんぶっ喋ってしまうと思うねんっ。しかも何度でもな。何人にでもな。オレはホンマにええねんで、男に二言ないからなっ。
でもそれを聞いたオレの友人、知人、他人がどうするかまでは保証できへんねん。
それを思うとなんやしらんけど、おばちゃんのコトが心配なってきてな。
またオレは困ったコトにややこしい友達が多いねんっ。
だからおばちゃんのコト紹介してくれなんて言われたら、よう断りきれるかどうかわからへんわけよっ。ホンマ困ったコトに、、、」
ここへきて流石のおばばも初めて演技ではなく、本気で顔色をかえた。
「つかさん...それはちょっと、殺生やわっ。もうおばちゃんもこんな年やし、あんまり年寄りイジメんといてよだわさっ」
「何ゆうてんねんな。オレがおばちゃんをイジメたりするかいなっ。オレはあくまでおばちゃんのコトが心配やから、忠告したってるだけやんか。オレはイジメへんけど、オレの友達がおばちゃんを泣かしにくるかもしれへんよってな、だわさっ」
おばばは、顔色を失った。
そして失なわれた顔には、こう書かれてあった。
かかわるんじゃなかった、と。

「でもなおばちゃん 。もしやで。もしおばちゃんがそのちびすけをオレにプレゼントしてくれるゆうんやったら、話しはかわるかもしれへんわな。
そりゃそうやん。1千万はする犬をただでプレゼントしてくれんのやから、感謝するコトはあっても、恨むコトはないわなっ多分、今日おばちゃんと逢ったコトすら忘れてまうかもしれんな〜」
「もってってちょうだい!!」
はやかった。おばちゃんの反応はすこぶる早かった。
「そのかわり、つかさん。今日のコトは誰にも喋らないって約束して欲しいだわさっ。お願いだわさっ」
「まかせとかんかいな、このつかさんっ、口が
カタイて有名やねん。墓場までもってたる」

その後も、多少のすったもんだがありはしたものの、それもすぐに解決し、今度こそ本当に永遠の別れを告げるコトに成功したのだった。
多少のすったもんだとは、まずドックフード代だけは払ってくれとおばばが言い出したコトだ。
もっともの申し出だ。
2千万円するわけはなかろうが、その血をひいたかどうかもわからんが...、(多分、いや、大いにひいてなかろう)ちびすけを、ただでプレゼントしてもらうのだから、「9百8十円」くらいは、払ってやらねば、罰があたるってもんだ。
あえておばばにその値段をたずねてみた。
おばばは、こたえた。
「1万円」と。

ここまで徹底してくれれば、ある意味気持ちよい。
騙されたフリをして1万円くらい払ってやろうかと思ったけれど、やっぱりやめておいた。
「あんな、おばちゃん。後くさりないようキレイな話しで終わろ、ゆうとんのやでっ。それに水さすんかいなっ」
おばばは、顔をくしゃくしゃにさせ、「気持ちよく」ドックフード代もロハにしてくれた。
これて終わりかと思ったら、今度は血統書をかえしてくれと言う。
やはりちびすけのものではなかったのではないか。そんなコトはわかっていたけれども。
またこれで誰かをだまくらかす気なのだろう。
おばばの老後の為にも、悪さ出来ぬよう、没収しておこうかと思ったけれど、これもおばばのシノギのうちだ。オレが口を差し挟むコトではない。
こころよく了承し、かえしてやるコトにした。
だけど次の申し出だけは、即座にきっぱりと断った。
どういう魂胆か。おばばはオレにケイタイ番号を教えて欲しいというのである。
オレは日頃の素行の悪さから、初めての相手。もしくは、あまり親しくない相手に自分名義のケイタイを使って電話する場合、必ず非通知でかけるコトにしている。
もちろんおばばには、終始一貫、非通知でかけて
いた。
おばばは、何を血迷って、そんなコトを言い出したかよくわからないけれど、こんなオレなんかとかかわって、ろくなコトがあるはずがない。
オレにしたって、こんなおばばとかかわっても、ろくなコトしか起こらない。
これ以上の関係はふたりの為にも好ましくない。
オレはおばばの要望を丁寧に辞退した。

そしてオレはちびすけを抱え、我が家へと帰って来たのだった。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)