>  > 小説「忘れな草」第34話 沖田臥竜
〜ブリーダーおばばvsヤクザ〜

小説「忘れな草」第34話 沖田臥竜

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

〜ブリーダーおばばvsヤクザ〜


そこで目に入ったのが、ちびすけと同じシーズー犬と、決してその辺のペットショップでは売っていないとおばばのいう、先程1万円も出して買わされたちびすけのドックフードだった。
ー特価価額980円ーご丁寧に値札がつけられてある。
オレは沸き上がる憤怒をぐっとこらえ、みていないコトにした。もう一度、気分を取り直し、ちびすけと同じシーズー犬でも眺め、気持ちを落ち着かせるコトにした。
目の前でスヤスヤと眠るシーズーは、ちびすけよりも一回り小さい。
ちびすけは生後3ヶ月と言っていたので、目の前のちっこいのは、生後1ヶ月くらいであろうかと思い、何の気なしにオリの端に貼られてあるプレートに視線を這わせた。
そこには目の前のちっこいのに関する詳細が記されてあるのだが、オレはそれを読んでひっくり返りそうになった。
生後1ヶ月ぐらいかと思っていたこのちっこいのが、実はちびすけと同じ生後3ヶ月というのである。
気付かないフリをして、やり過ごそうとしていたおばばに対しての疑惑が、再び甦ってきた。
猜疑心センサーのスイッチがONにされた。
「ちょっと、すいませんっー」
「はいっ」と、すこぶる愛想のよい清楚な感じのするお姉さんに、声をかけた。
ナンパではない。お姉さんはこのショップの店員さんだ。
「ちょっと聞きたいねんけど、この犬って、ホンマ生後三ヶ月なん?」
「はいっ」と、やはりすこぶる愛想がよい。
おっちょこちょいのオイラはそれだけで勘違いしてしまいそうだ。
「特別にこの犬がちっこいとか、もしくは栄養失調とか、そういうコトある訳ないでなっ」
もうこの時点でオレは、あまりの怒りにくらくらしていた。
「いえっ、どちらかといえば、標準より少し大きめ
ですっ」
ブチッと血管がぶち切れる音が、はっきりと聞こえてきた。
それにしても、
ーいえっどちらかといえば、標準より少し大きめですっ♡ー
って、この娘、いいよな~。
どさくさに紛れて、そんなフラチなコトまで思ってしまった。
鬼軍曹よ、ゆるせ...。
オレは彼女に、生後3ヶ月という犬をさっき購入してきたのだけど、そのちびが目の前の犬よりはるかに育っているコトを話し、一度直接ちびすけを見てもらうコトにした。

「半年から7ヶ月くらいじゃないでしょうか。確かなコトは言えませんけどぉ...」
ちびすけを見た彼女の第一声がこれだった。遠慮がちだけど決して3ヶ月というコトはない、とはっきり否定していた。
次に血統書を見てもらった。
彼女は言う。
「これっ、この子のじゃないと思います。ここ見てもらえますか。クリームブラウンてありますよね」
確かに彼女が指差す箇所には、クリームブラウンと記載されてある。
「これはこの子の色のコトなんですけど、この子よくみるとクリームブラウン一色ではなく、ブラウンとブラックのツートンですよねっ...」
なんだか彼女は大変申し訳なさそうだった。
彼女は気をつかい「よくみると」などという形容詞をつかってくれたが、正しくは「よくみると」ではなく「どうみても」彼女の言う通り、ちびすけはブラウンとブラックのツートンだ。

ぶちぶちぶちぶちつっっっっ、、、、、、、。

血管のすべてがぶちギレた音が、オレの中でなり響いた。
オレはわなわなと震える手でケイタイ電話を開き、忘れるはずだった番号を叩いた。
「オドレエこらぁっっ!!」
店内にオレの怒声が響きわたり、ちびすけを両手で抱きかかえてる彼女が、「キャッ」と5cmほど飛びあがった。
「なつ、なんざますっ、やぶからぼうにっ」
ケイタイからさっき永遠の別れを誓ったおばばの声が、垂れ流れてきた。
「なんざますっと、ちゃうわぃっ!オドレエッこの血統書この犬のとちゃうやないかいっ!おうっこらぁ!!」
電話の向こうのおばばを、オレは頭ごなしにかち上げた。
「何言ってるだわさっ。それは正真正銘、その子の血統書よっ!いったい、そんなデタラメ誰が言ってるのよっ!」
デタラメはオメエだろう。平然と言ってのけてくれるおばばにオレはやっぱり呆れ返った。
「誰がゆうとんのとちゃうわぃっ。わざわざペットショップまで来て、専門家の人にみてもうとんねんっ。そもそも、こんな子供騙し、専門家にみてもらわんでもわかるやろがあっ!!」
スマン。わかりませんでした...。
「なんでクリームブラウンて、血統書に書いとんのに、黒と茶色の二色やねんっ。おちょくっとんのかあっ!!!」
「何言ってるだわさっ。その子は大人になるに従って、毛が抜け落ちてブラックとブラウンのツートンになっていくのよおっ!」
流石おばば。ヤクザを相手にシノギをかけようとするだけはある。
電話口の向こうでひるんでみせる所か、怒鳴り返してきやがった。
「そんなコトより、その専門家とかいうのそこにいてるのっ!いるんだったら出すだわさっ!こんなデタラメおばちゃんは許しませんよっ!!」
おばばはオレに許してくれではなく、許さないと言っている。
開いた口が塞がらない、とは正にこのコトだ。
オレは不安そうな表情でちびすけを抱きしめ、コトの成り行きを見守っていた彼女にケイタイ電話を差し出した。
その顔にはありありと
「いらぬコトをゆうでなかった...」
と書いてある。
かわいそうなくらい消え入りそうな声で、電話口へと出た彼女に、おばばは、ヒステリックな声で詰め寄った。
断片的にしかおばばの声は聞こえないが、おばばはDNA鑑定をしたのかとか、裁判してやるとか、家はどこだとか、そんなコトを言ってやがる。
彼女はとてもよい人なのだろう。しどろもどろになりながらも懸命に誠意をもって説明しようとしていた。
言うまでもない。おばばにそんな声は届きやしない。
本当に短い付き合いだが、そのコトは誰よりもオレがよく知っている。
オレは彼女に、もういい、という感じで首を振り
、ケイタイ電話を受け取ると、店外へと出た。
電話の相手が彼女からオレにかわったコトに気付いていないおばばは、相変わらず、名を名乗れだの、ケイサツに訴えてやるだの、営業妨害だのと訳のわからないコトを言っている。

「おいっ」
オレはおばばのトチ狂ったマシンガントークを制しさせた。
「おばはんっ。それでもええのやな。最後にきいたるけど、ホンマにそれでええのやな」
「なっ、なにがざますっ。おばちゃんは何もやましいコトなんて、してないだわさ。そんなに信用できないならDNA鑑定でもー」
「おばはん、オレはもうそんな話ししとんのとちゃうねん。ホンマにええのかってきいとんねん」
オレはおばばにみなまで喋らせず、同じ言葉を繰り返した。
「だっ、だからっ何がざますっ」
じわじわとおばばの威勢が、萎みかけていくのがわかった。
「別にオレは実際、こんなもんどうでもええねん 。オレだって、食うためにシノギかけるコトだってあるし、人をだまくらかすコトだってある。そこはお互い様や。おばはんもそれをシノギとしてやってんのやったら、何もオレは責め立てて、吊し上げ
たろうなんて思ってへんねん。
ただな、おばはんがいつまでたっても、そういう態度やったらこの話しはいく所までいかな終わらんようになるぞ、ゆうとんねん。ごめんなさいで今やったら笑って済む話しが済まんようになるぞ、ゆうとんねん。それでもホンマにええんやなって、オレはきいとんねん」
オレはたんたんとした口調で、じわりじわり詰め寄ると、おばばに考える間を与え、こう言葉をつないだ。
「今やったら、今やったらまだ間に合う。おばはんが頭下げてあやまりでもしてくれたら、あっはははって笑ってそれでしまいや。今やったらまだ間に合うぞ。それともやっぱりDNA鑑定せな気が済まんかっ?」
「ホンマにまだ間に合う?」
さっきまでの声色とはあきらかに違う、おばばの心細げな声。
「おうっ、まだ間に合うぞっ。おばはんがごめんゆうて謝ったら、犬かえして、金かえしてもうて、それでしまいや。チャンチャンや。なーんも難しいコトは一つもない」
「ごめんだわさ、つかさん。本当にごめんだわさっ。でも聞いて欲しいだわさ。おばちゃんは何も騙したりなんかしてないしなんだったらDNAー」
この期に及んで、まだダラダラと往生際の悪いコトをぬかそうとしやがる、おばばの言葉を掻き消した。
「おばはんよっ。すんませんだけでええんとちゃうんかいっ。またそんなコトゆうたらくくれる話しもくくれんようになるゆうのが、まだわからんか」
「はい すいませんだわさ 」
オレはおばばの謝罪を「気持ちよく?」受け入れ、すぐにちびすけをかえしに行く旨を伝え、電話を切った。

彼女はやはりよい人なのだろう。彼女コト店員さんは胸のちびすけをギュッと抱きしめたまま、さっきと同じ場所に立っていた。
「お姉さん、ごめんやでぇ」
ちびすけを彼女の手から受け取りながら、頭をさげた。
「名前なんちゅうのっ?」
「えっ!?、あたしですかっ、えみです...」
「えみちゃんか、ええ名前やがな、不躾けで悪いけど、なんかケーキでも食べて、気分直してやっ」

戸惑う彼女の掌に無理矢理なけなしの虎の子の五千円を押し付けると、ちびすけとともにペットショップを後にしたのだった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)