>  > 小説「忘れな草」第27話 沖田臥竜
小説「忘れな草」第27話 沖田臥竜

小説「忘れな草」第27話 沖田臥竜

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

平成5年7月7日


忽然と音もたてずにオレの前から消えてしまった樹愛は、いったいどこで何をしているのだろうか。
オレはこんなにも樹愛のコトばかり考えているというのに、もう樹愛はオレのコトなんて忘れてしまったのだろうか。

樹愛がこの街から引越していってしまい、四年の月日が経とうとしていた。
樹愛が引越してしまった後の中学生活は、なんだかカレーのかかっていない白いご飯を、カレーライスだといわれ、食べさせられているみたいで、ずい分と味気なくて仕方なかった。
でもだからといって、ずっとふさぎ込んでいた訳
でもない。
修学旅行に球技大会、文化祭に運動会。総決算の卒業式にしたって、オレの気分を高揚させてくれる行事は、次から次へとやってきた。
それらの一つ一つは時を得て、大切な思い出にかわり、心の中の大事な場所にしまってある。
だけどもし樹愛が、その思い出の中にいたならば、もっともっと楽しい思い出になっていたと思う。そしてもっともっと悲しい卒業式になっていたのではないだろうか。

中学を三年で卒業させられてしまったオレは、進学も就職もするコトなく、再開させた「トルエン」片手に暴走族へと「入社」していた。
それは何も母に弱い父親を見てグレたからとか、すべての大人達への反撥心から社会に反抗してそうなったとか、そんな大袈裟なものなどではなく、ただ単純におもしろそうだったからだ。
まだまだ世間の枠組みなんかにはめこまれず、遊び回りたかっただけだ。

オレの回りにもオレと似たようなバカで気のいい奴らが沢山いたけれど、誰もそんなよくいわれる、暗い影をひきずった気持ちの悪い奴なんて存在しなかった。
どいつもこいつも家の中に閉じこもっているのが苦手な連中ばかりだっだ。
そんなオレの人生に樹愛が再び登場してくるのは、17歳のちょうど真ん中。七月七日の七夕祭りの日だった。

何となく予感めいたものはあった。
というのも、その日から遡るコト数週間前、オレは偶然、樹愛の消息を知ってしまったのだ。
それは立ち読み目的で入った近くのコンビニエンスストアーでのコトだった。
そのコンビニで誰かに樹愛の消息を教えてもらったとか、彼女らしき女性を見かけたとか、そういうオチではない。
発売されたばかりのの月刊誌に樹愛が登場していたのだ。

ー関西初、レディースのカリスマ。男子上等を提げて今宵、土曜の夜に舞い降りるー

確かこんなキャッチフレーズ(?)がつけられていたと思う。
そのくだんの舞い降りてきたカリスマこそが、樹愛だったのだ。
その記事によると、樹愛はこの街からさほど遠くないところで暮らしており、そこのレディースの頂点に君臨されているというのである。
最初、樹愛によく似た他人の空似かと思ったけれど、掲載されている写真はすべて、どこからどうみても樹愛本人のものだったし、初代総長の名前も樹愛だ。
ゆきこやゆうこならどこにでもいそうだが、樹愛
という名はそう多くはないだろう。
おまけにチーム名が「初代、樹愛」というのだから、もう断言しきっても差し支えない。
普段は隅から隅まで穴があくほど眺めあかし、決して買うコトなく、ひやかすだけひやかして、元の本棚へと戻す月刊誌だったが、この時ばかりはそういう訳にはいかない。
オレは悩んだ揚句、手持ちの小銭と相談するコトにしてみた。
結果、仕方なく、万引きするコトになってしまった。

その日から、しばらくの間は樹愛の話しで持ちき
りだった。
そして目の前にひかえたこの街、最大イベント。
七夕祭りに樹愛が帰ってくるんじゃないか、となっていったのだった。

何から話そう。樹愛に会ったら、何から話せばよいだろうか。
話したいコトは焦ってしまう程、いっぱいあった。同じくらい聞きたいコトも沢山あった。
そして伝えたい想いが一つだけ、いつまでも言えないまま心の中に残っていた。

七夕祭り当日。オレは仲間とつるむのが好きというか、つるまなければコンビニとパチンコ屋くら
いしか行けないあかんたれのクセに、その日オレは悟志達の誘いを断り、単独行動に出るコトにした。
その理由は樹愛を誰よりも早く発見し、樹愛を一人占めしたかったからだ。
スキあらば告白までもっていったろかいっ!と腹までくくっていた。
でも樹愛は去年も一昨年もその前の年だって、七夕祭りに姿を見せていない。
確率からいえば、来ない確率のほうがはるかに高い。
なのに雑誌で樹愛のコトを見たせいか、なぜか来ると確信していた。なぜか逢えると思っていた。

オレはおろしたての当時ヤンキーの間でかすかなブームメントの波をおこしていた、ヤンキーとサーファーをかけた「ヤンファー」ファッションに身を包み、姉の部屋から拝借したシャネルの香水なんてものまでひっかけ、七夕仕様に仕上げた下品な愛車(ホンダCBX400F)にまたがった。

この七夕祭りがこの街、最大のイベントと呼ばれる所以は何を隠そう我々、暴走族にあった。
暴走族の頑張り次第でテキ屋の売り上げまで変わるといわれた程だ。

七夕祭りの会場は国道沿いに面しており、その沿道にテキ屋の出店がずらりと並ぶ。
暴走族はそれをめがけて、単車で吹かしにあらわれ、祭りに来ていた若者達はもちろんのコト、おっちゃん、おばちゃん、はては、じいさん、ばあさんに至るまで、国道に単車があらわれるたびに、即席のギャラリーと化し辺り一面、暴走天国となるのである。
もちろんすぐに爆音をききつけたパトカーが出陣してくるので、その間、時間にして三分程しか吹かし回れないが、ほとぼりがさめれば、すぐに次の突撃隊が爆音と共にやって来る。
そして三分後には、また爆音をききつけたパトカーが狩りにやってくるのだ。
七夕祭りが終わるまでエンドレスに続く、イタチごっこ。
なぜ七夕祭りが終わるまで続くのか。ちょっと交通機動隊が取り締まりを強化すれば、すぐにイタチごっこは終わってしまうだろう。
いくら暴走族の多くがアホだからといって、交通機動隊でごった返した場所にわざわざ飛ん火に入る夏の虫となりにいきはしない。アホもアホなりにカンベツ所や少年院はこわい。
だったらなぜ続くのかの答えは一つ。
これもこの街の夏の風物詩。恒例行事であり、暴走族が吹かし回るコトも、大事な七夕祭りの一環に含まれているからである。
交通機動隊にしても、任務上、一応やってはくるものの半分お祭り気分で、ちょっと垢抜けた交機などは、パトカーのマイクをつかって、
「こらっ!つかぐちぃ!もっと派手に吹かしたらんかいっ!」
とがなり立て、ギャラリー達をよろこばせたりしている。

去年までは先輩達がいたので、あくまで先輩達主導のもと、この祭りを楽しんでいたが、今年はちがう。
先輩達はみな去年のクリスマス暴走を最後に引退してしまい、今年からはギャラリー側へと姿をかえたので残ったオレ達の世代が最年長となり、主役となった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)