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衝撃の最終回ラスト2!小説「死に体」第50話

衝撃の最終回ラスト2!小説『忘れな草』第50話

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平成2 2年1 2月

ーあなたを愛しますー

樹愛が愛した華。胡蝶蘭の花言葉。
オレは胡蝶蘭を抱え、樹愛と十五年振りに再会を果たしたコンビニの前。樹愛が自らの意思で命を絶った場所に立っていた。

オレは樹愛が空から舞い降りた場所。自動販売機の横に胡蝶蘭をたむけ、線香がわりに火をつけたタバコをそなえた。
そこには、オレがたむけた花とタバコ以外は、何もたむけられていなかった。
それだけ時が流れてしまったというコトだろう。
ただ自動販売機の片隅で、勿忘草(わすれなぐさ)が淋し気に揺れていた。


オレはしゃがんで手を合わせた。
祈り終えると自分の為のタバコを取り出し、火をつけた。
深く吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出した。吐き出した紫煙は夜空へと駆け登っていくそばから、はかなく消えていった。
オレはただその紫煙を眺めていた。
人の命もそういうものかもしれない。
行こうか、とその場所から背を向けて、歩きかけたその時だった。

なんとなくそんな気がしていた。そうなるんじゃないかと思っていた。

再びの邂逅。振り返った視線の先には、樹愛が立っていた。
「じっちゃんっ」
現実からずいぶんとかけ離れてしまった話しだ。
目の前に映る樹愛が死んでしまっているなんて、悪い夢を見ているようだった。
美しかった。哀しくなるくらい美しかった。
「聞いてんやね、、、」
樹愛は少しだけ淋しそうにつぶやいた。
オレはその声を聞いて、
ーああ、樹愛は本当に死んでしまったんだー
と実感した。
それもおかしな話しだ。
死んだ人の声を聞いて、
死んだコトを実感させられるなんて。
「ああ 」
オレは短くこたえた。
言いたいコト言わなければいけないコトは腐るほどあった。
なのに何も言葉にならない。
「じっちゃん、勘違いだけしやんとってな。別に翔ちゃんのコト、怨んでるとか、憎んでるとかそんなんやないからな。
ユーレイの樹愛が怨んでるとか、怖いでなっ。
ただな、じっちゃんのコトがずっと心配やってん
それでどうしてもなっ...」
「そんなんゆわんでもわかっとるて」
多分本当に樹愛は山神のコトを、憎んでいないのだろう。
憎んでる相手のコトを死んでまで、「翔ちゃん」なんて親しく呼んでみせるコトなど、出来る訳がない。
憎んでいないから、怨んでいないから、オレの前でも山神のコトを「翔ちゃん」と呼ぶコトが出来るのだ。
だったらなぜ、樹愛は自ら命を絶ったのか。
それは堕ちていく自分自身が許せなかったからだと思う。
樹愛という女はそういう人間だった。
オレが死ぬほど愛した樹愛は、そういう女だった。
「わかっとるて、そんなんわかってるがな。でも樹愛、死んでまで、オレの心配なんてせんでええ。
オレはオレでなんとかやっとるから、もうお前は、なんも心配せんとゆっくり休んでくれやっ」
不思議な感覚だった。
夢の中を彷徨っているような、そんな感覚だった。ただ胸だけは苦しくて、切なくて、やりきれなかった。

「ごめんな、じっちゃん、、、」
樹愛が言った。
「なんで謝んねん。なんでお前が謝んねんっ」
押さえようとしていた感情が一気に溢れ出した。
「なんでお前があやまらんといかんねん。あやまらんといかんのはオレの方やろうがっ。
辛い時とか、苦しい時に、お前のコト、助けてやるコトもできんで、好きな女のコト、守ってやるコトもできんで、淋しい想いばっかりさせたのに...、腐るほど迷惑ばっかりかけたのに...
なんで、お前がオレにあやまらんといかんねんっ!なんでオレにあやまるねんっ...」
いつの間にか、オレの声は、細かく震えていた。

「楽しかった。ホンマにたのしかったっ。じっちゃんと一緒にいて、嫌なコトもいっぱいあったけど、ムカついてしばいたろっって思ったコトも、いっぱいあったけど、ホンマに楽しかった」
溢れ出した涙は、もうとまらなかった。
涙で霞む目を必死に拭い、樹愛を脳裏に焼きつけようと抗った。
「じっちゃん、じっちゃんにヤクザはむいてへんでっ。じっちゃんは優しすぎんねんっ。
ちゃんと仕事して彼女とチビたちのコトを幸せにしてあげなっ。樹愛に出来へんかったコトを彼女とチビにしてあげたってや。そしたら樹愛は、もう何も心配せんと逝くコトができるからや。これが樹愛の最後のお願いっ」
「うっ、うるさいわぁっ。勝手に死んだクセに、オカンみたいなコトゆうな、、、」
オレは泣きながら、いつの間にか、ガキの頃のような喋り方になっていた。

べそをかくオレを、樹愛は包み込むような優しい笑顔でみていた。まだオレの前には、樹愛がいた。
まだ確かに優しい微笑みを浮かべて、オレをみていた。
「ほなっ、じっちゃん、いくなっ」
「ちょっ、ちょっ、ちょっとまてや。まだ、あかんて、まだあかんてっ」
文字通り、この別れは永遠のものになってしまう。
オレは樹愛の言葉にひどく、うろたえ、狼狽した。
優しく首を振る樹愛。
その表情が、その身体が、もう抱きしめるコトも叶わないほど透き通り薄くなっていく。
「まてっ、まてっ、まてっ。まってくれってっ。
なんでいつもお前は、いきなり消えてまうねんっ!
まだまってくれって、まだいかんとってくれてっー!」
オレは神の掟、人類の定めに必死になって抵抗し続けた。
何もまだ言葉にしていなかった。言わなければいけない言葉をーつも、口に出来ていなかった。
「ありがとねっ、じっちゃん」
樹愛の輪郭があやうくなっていた。

「オレ今更やけど、樹愛のコトずっと好きやって
ん。別れてからも、ずっとずっと好きやってん。
幸せにしたかった。オレが幸せにしてやりたかった。ごめんやで、樹愛。オレはいつまでも樹愛のコト愛してるから、わすれへんから、もし淋しなったらいつだって戻ってこいよぉーっ!!」
もう目の前に樹愛の姿はなかった。

ーありがとねっーという言葉を、樹愛は最後にこの世界に残して、空の彼方へと消えて逝った。
オレはその場に崩れ落ち声を上げて泣きじゃくった。
泣いて、泣いて、子供みたいに泣きじゃくった。
いつまでも、涙は枯れるコトなく、流れ続けた。
遠くで、長いクラクションが谺した。


一樹愛、いずれオレもそっちに行くやろう。
もうオレは大丈夫やから、何も樹愛は心配せんと、そっちでゆっくりしとってくれ。
そっちに行く時は、ちゃんとカタギになって逝くから、ちゃんと今度こそ真面目なって働くから、もういっぺんオレとあの世で一緒になってくれへんか。
もう二度とお前を一人にさせへんから、一緒になってくれへんか。
なぁ樹愛、オレのこの声は聞こえてんのか?なぁ樹愛ー



窓の向こうに流れる景色は、雨で濡れていた。
なんだか泣いてるような、悲しい雨だった。
前方の信号が、まばゆい赤に切り替わり、運転席のつねがゆっくりと、ベンツをスローダウンさせていく。
後部座席のオレからみても、ステアリングを握るつねの肩が、こわばっているのがわかる。
「こわいかっ?」
オレは優しく声をかけた。
「ワッ...ワシ、兄貴の舎弟にしてもうた時から、兄貴とやったら、地獄でもどこでも連いてったろうて、思ってましたよって大丈夫でっせ」
こわばった声だったけど、つねは後部座席のオレを振り返るコトなく、はっきりとそう口にした。
うだつの上がらない、オレみたいなくだらない男と一緒に、心中してくれようとしている。
舎弟とはいえ、オレには出来過ぎた弟分だった。

ーありがとな、つねー

オレは口には出さず、胸の中でつぶやいた。
「つねっ、いつものかけてくれ」
つねは黙って、カーステのスタートボタンを押した。
静かなメロディーが車内に響きわたりはじめる。
何度オレはこの歌を聴いただろうか。
愛を奏でたスローバラード。
樹愛と一緒だった時も、一人ぼっちだった時も、オレはいつもこの歌を聴いていた。
一つ一つの思い出の中には、樹愛から教えてもらったこの歌を始めは一人で聴き、時を得て二人で聴くようになり、今こうして、また一人で聴いていた。
この歌の中には、樹愛との喜びも悲しみも、ときめきも戸惑いも、過去も未来もすべてがつまっている。
塀の中でこの曲がラジオから流れて嬉しくなり、日記へとつけたのが、えらく遠い昔のように思えた。
また向こうにいけば、樹愛と一緒に聴くコトができるだろうか。
わかったコトが一つだけあった。
オレはずっと、樹愛を愛していた。
別れてからも、そして今だって...。


「兄貴、着きましたでっ。この裏の階段からのぼっていったらガードもなんもいてまへんっ」
オレとつねが乗ったベンツは、高級クラブが入ったテナントビルの裏側に停車していた。
「いきまっか」
運転席から降りようとする、つねを制した。
「つねっ、お前はもう帰れっ」
「何ゆうてまんねんっ。びっくりしますわっ。
ワシも行きまっせ。安っぽいテレビドラマみたいなコトゆわんとってくんなはれっ」
「ええから帰れっ。オレにもその安っぽいドラマの主人公みたいなコトゆわさすな。これはオレのケジメや」
オレは後部座席を開け放ち、最後にこうつけくわえた。
「そのかわり、つね。すまんけど、あれらのコトだけは、遠くからでええ、見守ってやったってくれへんかっ。一番下のチビがハタチなるまで、見守ったってくれへんかっ」
「でも兄貴っ 」
「たのむわっ、つね」
つねは唇を噛み締め、無念の表情でうなづいた。
オレはうなづきかえすと、ふところにのんだチャカに手をあてながら、ゆっくりと地上に降りたった。
オレは降りしきる雨の中、一歩、一歩踏みしめるように歩いた。
この道の辿り着く先に、答えがないのは、わかっている。
だけど、戻る気はなかった。
「あにき一っ‼︎またチョコパフェくいにいけまっかぁっー!!!」
オレはつねの追いかけてきた、悲痛の叫びに右手を軽くあげてこたえ一気に駆け出した。


目的のクラブの前まで辿り着くと、オレは躊躇するコトなく扉を開けた。
駆け寄ってくる黒服を押し退けて、店の奥にあるVIPルームへとむかった。
「なんじゃい!ワレェッこらあっ!」
オレの姿を認めた男が、激しい怒声と共に立ち上がりかけた。
オレはその男に右手のチャカをピタリとあわせた。
男の姿勢は中腰のままで、そのままピタリと停止した。
動けば迷わず、旅の道連れにしてしまうつもりだった。
オレは左手に握ったもう一丁のチャカを、高そうな女に囲まれて、深々とソファーに身を沈めた優男にあわせた。
チャカを突きつけられているというのに、凍りのように冷たい表情は、微動だにしなかった。
どうも親の七光りだけで、山神五百の頂点に辿り着いた訳ではなさそうだった。

「動くなっ」
オレの言葉ではない。
背後から、そうオレが言われたのだ。
後頭部に冷たい金属のかたまりが押しつけられた。
確認しなくても、押しつけられたのが、チャカだ
というコトはわかった。
「ゆっくりチャカおろさんかいっ。そうすれば命だけは助けたる」
背後の男の声。
心配するな。今更、助かろうなんて気は、さらさらない。
オレはせせら笑い、目の前に座る山神を見据えた。
「お前、あの時のヤツか 」
盃事の時のコトを思い出したのだろう。
無表情だった山神の顔に、わずかだが感情がのぞきかけた。
「誰や、お前?」
冷え冷えとした声。
チャカを突きつけられ、命の瀬戸際に立たされているというのに、山神の声には、一糸の乱れもなかった。
オレは上から山神を見下ろしながら、こたえた。
「塚口や。オレが塚口樹里じゃいっ」
山神はなんの感情もこもってない、氷りのような冷眼でオレを見返した後、はっと思い出したような顔付きにかわった。
その顔には、先程までとは違う、驚きとも戸惑いとも受けとれる色がはっきりとうかんでいた。
「お前が塚口か 。樹愛と昔つきおうとった...」
「お前が軽々しく、樹愛なんてぬかすなっ!お前に樹愛を語る資格はないんじゃっ!」
気がつけば、四方八方からチャカをつきつけられていた。
「ハッハハハハッ」
山神がけたたましい程の笑い声をあげた。
「なんやぼくぅ?今頃あの女の仇うちかぁ。純情やのぉ。あれも草場の陰でよろこんどんどっ」
そこまで喋ると、一転させて山神は口調をかえた。
「ホンマ、オノレらは、どこまでいっても、思考が暴走族やのお。やれるもんやったら、やってみんかいっチンピラ!山神五百の頂点はダテやないどっっ!!」
怒声と共に山神は立ち上がった。

とらのすけの顔がうかんだ。
りゅうのすけの顔がうかんだ。
あいのすけの顔がうかんだ。
ゆまの顔がうかんだ。
最後に樹愛の顔がうかんだ。
そして、すべての顔が消えていった。
オレは中腰の男にあわせていたチャカを左にスライドさせ、山神にあわせた。

「笑いながら、死んだらあぁぁっっっー!!!」
二丁のチャカを山神めがけて、同時に絞った。

今度生まれかわったとしても、やっぱり男で生まれたいわな。
好きな女を笑わせる為に一生懸命になるような、そんなバカな男でありたいわな。


オレの命は確かな生きた足跡をこの世に残して、闇の中へと儚く消えていった。


ー樹里ってゆうんとちゃうん。アタシも樹木の樹ってゆう字に愛ってかいて、きあいってゆうねん。セイヤァ、ハァッ!ー

正拳突きのポーズをとる樹愛の顔は笑っていた。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)