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小説「忘れな草」第23話

小説「忘れな草」第23話 沖田臥竜

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ありがとうの言葉が、照れ臭くて、なかなか口元までやって来ない。
「なによーっ!」
「なによってゆうなやっ、なによって。今からゆおうとしてるのに、ゆわれへんやんケ...。
だからアレやんケ...そのなんてゆうか...ありがとな 」
言い終わったオレは、もう樹愛の振り返った顔を見るコトすら、できなかった。
「あーっ!じっちゃんがありがとうゆうてるっ!!みんなにゆうたろっ~ ! !」
だから言いたくなかったのだ。
「茶化すなやっ!」
オレは顔を赤らめた。
「うそ、うそ、じっちゃん、ごめんてっ」
「ふんっ!ほななっ」
「うん。バイバイ、じっちゃん」

もしもこの時のこの「バイバイ」が、当分の別れになる「バイバイ」だと知っていれば、オレはもっと違う何かを言えただろうか。
ずっとあたためていた想いを言葉にして、樹愛に告げるコトができただろうか。多分できなかったと思う。
未来のコトなんて、何もしらなかったオレは、大いなるテレと胸の高鳴りを一人占めする為に、わざとしかめっつらをつくって、その場を後にした。
この時はそうでもしないと、今にも顔が、デレ〜ッと崩れてしまいそうだった。


「何よ、あんた気持ち悪い顔してっ」
よっぽどオレの顔は気持ち悪いのであろうか。
本日、2度目の「気持ち悪い」である。
それにしても、我が弟に向かって吐く言葉か。
「なっ、何勝手に入ってきとんねんっ、ブタゲルゲッ!」
オレは赤面しながら、勝手にオレの部屋へと入ってきた姉を睨みつけた。
それにしても、ブタグルゲとは、我が姉に向かって吐く言葉か。
オレの名誉?と名声?の為に一応言っておくが、何も赤面したのは、数カ月前に覚えた、一人エッチの最中だったからではない。
ないと否定するところがますます怪しいが、本当に違う。
ならばなぜ、赤面してしまったかというと、樹愛からもらったチョコレートを机の上へと置き、眺め回してヨダレを垂らしている現場を、姉に目撃されてしまったからだった。
それにしても、なんの許可もなく、人のプライベートを覗きみるとはなんと失礼な奴だ。

「誰がブタゲルゲよっ!あんたまたアタシの財布からお金とったでしょうっ!かえしいよっ五千円っ!」
なんと、まあ失礼な奴だ。
人の部屋にノックもせずに入ってきたかと思えば、いきなり人を盗っ人あつかいしよって。
我が姉とはいえ、許しがたき所業。
確かにその五千円は拝借したような記憶もないコトもないが、しかし、もしもだ。もしもまかり間違って、自分の数え間違いや、思い違いだったり、母から小遣いをあまり与えてもらえない、父の犯行だったらどうする気だ。
オレは我が姉とはいえ、名誉毀損で裁判沙汰も辞さない構えを見せ、胸にうずめく怒りをブチまけた。

「ふんっ、知るかっ」
この一言にすべての想いをこめて。

その後の姉の言葉は暴力だった。たかだか五千円
のおかげでここまで罵詈雑言を浴びせられなくてはならぬものだろうか、と思える程、悪質なものだった(オレがいうのもなんだけれども )。
まともに聞いていると、オレの人格、存在そのものを否定されている気にさせられてしまい、ひどく落ち込んでしまった。
だけどそれは、いつものコトだ。
逆らわず、抗わず、オレはただ台風が通り過ぎるのを待った。

「あんたっお母さんにゆうたるからな、覚えときいよっ!」
お前さんこそ覚えておけよ。机の引き出しの裏側に、一万円札の入った封筒を隠しているのをオレが知っているコトを。

姉がお決まりの捨てゼリフと共に、派手な音を立てて、出ていったドアをみながら、オレは不適に微笑んだ。ふっふっふっふっ..。
せっかくのムードも招かざる姉の乱入でブチ壊しである。
しかし腹立たしい気分も、机の上で輝いているチョコをガンミすれば、次第に和らいでくれる。
それは、確かにスーパーなんかでよく売られている一個九十八円程の品物かもしれない。
だけどそんなコトは関係なかった。問題はその九十八円のチョコの中に、愛という、目には決して見えない、想いがこめられているかどうかなのだ
いらぬ邪魔が入って中断されてしまったが、そのチョコの中には、九十八円どころか、十万円出しても、決して手に入れるコトの叶ないふんだんの愛がトッピングされている気がして仕方なかった。
これは愛だ。確かなる愛の化身だ。

もうこの頃には、今につながる人間形成の形が出来ていたようで、九十八円のチョコの向こう側に、2人の愛の行方まではっきりと見えてしまっていた。

「樹里っ!すぐおりてきなさいっ!」
そんなバカ息子の行末を本能的に察知し、案じたのか、それとも姉のチンコロが入ったのか(多分、後者であろう) 、母のとがった声が鳴り響き、現実へと引き戻されていったのであった。


翌日。誰からであったろうか。
オレにとっては、あまりにもショッキングだっただけに、一時茫然としてしまい、その前後の記憶がすっぽり抜けさっている。
うそおっ! 。まずそう思った。
そしてそうあって欲しいと願った。
次第にそのコトが事実だと認識し始めると、今度は人生の終わりを悟った。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)