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小説「忘れな草」第22話 沖田臥竜

小説「忘れな草」第22話 沖田臥竜

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2時限目の休み時間。よしみちゃんという、いうならば、グループのリーダー的存在の武将(?)と瓦(便所)から出た所、また出やがった。

「よしみくん、はいっコレッ、チョコレート♡」
「おうっサンキュー」
武将の名がきいてあきれるぜ。
クールにチョコレートを女子から受け取るよしみちゃんの横で、オレは空気と化していた。

「塚口くうっ?」
殴ってやろうかと思った。謀反をおこしてやろうかと思った。
よしみちゃんは受け取ったばかりのチョコレートを無造作にオレへと向けると、コトもあろうにくうかどうかと尋ねてきやがった。
よしみちゃんが我が軍における武将などでなければ、間違いなく踊りかかっていただろうが、これ以上の惨めはごめんこうむりたい。
「ううんっいい。歯痛いねん」
自ら惨めに拍車をかけてしまった。

「つかぐちっー!」
時は本能寺。ついに来たかと思った。
昼休み。一人廊下を行くオレの後方から一名の騎馬隊が、かちどき(?)を上げて、追い掛けてくるではないか!?ついに義勇兵の登場かっ!

緊張が高まる。
確か田中さんだったと思う。もしかしたら、鈴木さんだったかもしれない。
やっと機が熟したと思ったオレは、緩み落ちそうになる頬を叱咤激励させ、よしみちゃんバリのクールさで振り返った。完ペキだった。
ハッハッ、と息せき切る田中さんか、もしくは鈴木さんの手には、やはりチョコレートが燦々と輝いていた。
オレは今でも、そのチョコを見て、ドキッとしてしまった胸の鼓動を鮮明に覚えている。
息を整えると、一呼吸置いて彼女は言った。
カモンベイビー。

「マサキしらんっ?」
ギャグかと思った。
オレも一呼吸置いた後、大きく息を吸い込み、彼女に向かって一気に吐き出した。
「知るかぁ!この大バカモノォー!」
彼女は義勇兵でも援軍でもなく、ただの斥候兵であった。
あしからす...。

その後も誰かが、チョコを貰う現場に遭遇するコトはあっても、オレがチョコと遭遇するコトはなかった。
すっかり拗ねあがったオレは、誰に告げるコトもなく、六限目の授業をサボって、戦場を後にするコトにした。

戦場からの帰り道、もしかしたらオレはこのまま結婚すらできないのではないかと恐怖に怯え、それどころか一生童貞のまま彼女すらできないのではなかろうかと、暗そうな未来におののいていた。
やはり休めばよかった。負けるとわかっていて、リングに上がってしまった自分自身がうらめしかった。

「どないしたん、じっちゃん?」
視線を上げると目の前に樹愛がいた。
「さっきから、なんべんも呼んでんのに、一人でぶつぶつゆうて、気持ち悪いでぇ」
「きっ、、、気持ち悪いとかゆうなっ!ほっといてくれ!独り言ゆうて、なんかお前に迷惑でもかけましたかっ?」
「うわっ、ごっつ感じわる。樹愛にむかって、おまえなんて呼ぶんや。はは~ん、さては一つもチョコもらえんで荒れてんなっ、じっちゃんっ〜」
いたずらっ子のような笑みをうかべて、オレの顔を覗き込む樹愛。
言うまでもない、図星だった。

「なんの話しやねん。オレは病いに倒れた親戚のおばちゃんを想って、深く沈んどっただけじゃっ」
ウソがペラッぺラッと出てくる。
そういえば母はよく、
「あんたはウソから生まれたんかっ!」
と、しかってきたもんだが、母よ。それを言うなら口からであろう。勝手につくるな。
「うそつけ」
もちろん樹愛の言う通り、まったくのデタラメだった。
「うそちゃうわっ。はよ帰って親戚のおばあのかわりに幼い甥っ子らの夕食の支度せなあかんのじゃ。
忙しいから、もう行くぞっ」
やはり母は正しかった。オレが生まれてきたのは、口からでも母からでもなくウソからのようだ。

オレは、たらふくのウソをつくと足早に樹愛の横を通り過ぎた。

「あっ、雪や 」
樹愛の声につられて、オレは空を見上げた。
「あほが見るぅ〜」
雪なんて一粒も降っていなかった。
「誰がアホやねー」
オレは言葉を吐き出しきれず、樹愛の差し出され
た手を見て、固まった。
「はいっ」
今日一日。いやずっと捜し求めていたものが、樹愛の手の中にあった。
「ギリやでえ♡」
「わっ、わかっとるわっ」
引ったくるようにして奪い取るところが、オレらしくて可愛気ないけれど、今日女性陣から、チョコレートを受け取った男どもの中で、オレが一番幸せな自信があった。
「ほんとかわいくないなっ。だから、じっちゃんは女の子に嫌われんねんでっ。女の子には、もっと優しくしてあげんといかんねんでぇ」
女の子に嫌われんねんで、とはズケズケと傷つくようなコトを言ってくれる。
「うるさいわッ、ほんじゃあなっ!」
どこまでも可愛いくないオレは、またまた可愛いくないコトをロにすると、スタスタッと歩き出した。
握りしめたチョコレートは包装紙に包まれていても、手の汗ばみで溶けてしまうんじゃないかと心配だった。

オレは歩を止めて振り返った。
樹愛はまだオレのコトを見ているかと思っていたけれど、樹愛もオレに背を向けてスタスタッと歩きだしていた。
「きあい一っ!」
オレは樹愛を呼び止めた。

そういえば前にもあったよな、こんなワンシーン。
「まぁそのっなんてゆうかっ、あれやぞ。その...」

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)