>  > 年末スペシャル一挙2話配信! 小説『忘れな草』第48話
ーカシラ会での伝達ー

年末スペシャル一挙2話配信! 小説『忘れな草』第48話

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ーカシラ会での伝達ー


平成2 2年12月


オレが見た樹愛は一体、誰だったのだろうか。
しおりの言う通り、人違いだったのだろうか。
そんなはずはない。
一目見ただけなら見間違いもあろうが、あれだけの時間、一緒にいて見間違いや人違いで片付けるのは、いくらなんだって無理がありすぎる。
だったらなんの意図かわからないが、しおりはオレのコトをかつごうとしているのだろうか。
それもすぐに打ち消された。
なぜならば昔の友人、知人にランダムに電話をかけ、確かめてみたからだ。
みんながみんな、同じ話しを口にした。

その話しとはこうだ。
中で聞いた通り、山神と樹愛はやはり一緒になっていた。
だが山神にとって樹愛は大勢の女の中の一人でしかなかった。
お決まりの暴力。
行き着く果ての覚醒剤。
最後は風俗に沈められ自らの人生に終焉を迎えたらしい。
よくある話しだ。オレが住む裏社会では、どこにでも転がってしそうなよくある話しだ。
笑うしかない。笑うしかなかった。
信じるとか信じないとか、そんな次元の話しで
はなく、笑うしかなかった。
とてもじゃないが、普通の精神状態で聞けるような話しではない。
笑いでもしなければ、こっちがおかしくなってしまいそうだ。
オレは誰よりも樹愛という女をみてきたつもりだ。
シャブに風俗。そして自殺。
笑うしかないだろう。笑うしか、、、。

「というコトで覚醒剤、不良外国人との交際、破門、絶縁者との交友および商談、縁組み、他組織との抗争厳禁など、徹底して厳守するようにとの本部通達です。
各組員には、徹底して厳守するよう、指導しておいて下さい。
特に山神の二代目とは、親分が「兄」、「弟」の関係になり、舎弟の盃を降ろすコトになりましたので、そこの所を十分理解し、くれぐれも間違いだけはおこさないように、との親分のお言葉です。
以上、何かご意見、ご質問ありませんか。
なければこれをもって本日のカシラ会を散会しますがー」
正面中央に座る木島組若頭の弓場が、この場に集う、各枝組織のカシラを見渡した。

「親分が舎弟盃降ろしたから、ワシらに山神には気つかえ、そうゆうてんのかっ」
言ったのは、オレだった。
全員の視線がオレへと集まるのがわかった。
弓場はインテリ風メガネに指をあてながら、何を言ってんだか、という表情を作ってこたえた。
オレはもともと、この手の経済ヤクザなんて呼ばれる輩が気にいらなかった。
「美崎のカシラ。あんたも子供じゃないんだから、いちいち聞かなくてもわかるでしょうがっ」
弓場はハナで笑い、小バカにした口調でオレをた
しなめた。
場内に失笑が漏れた。

「わからんからきいとんやろがあっ!!」

オレは怒鳴り返していた。
何を熱くなっているのだろうか。
とうの昔に別れた女のコトじゃないか。オレは何をイライラしているのだろうか。
しおりから樹愛の話しを聞いて以来、これまで、無理矢理、押さえ続けていた感情の塊が、一気に爆発しそうになっていた。
オレは何をしようとしてるのだ。
ただ心は荒れていた...。
ただ心は苦しかった...。


夢でなければ、なぜ樹愛はオレの前に姿を表したのだろうか。
夢には思えなかった。
夢にはできなかった。
樹愛は偶然の邂逅をはたした、あのコンビニの入ったマンションの屋上から飛び降り命を絶ったという。
なんて出来すぎた話しだ。
今ではそんなストーリー、使い古されすぎていて、映画の中でさえ、お目にかかるコトが難しくなったというのに、現実の世界で、オレの目の前で起こってしまったのだ。


オレは何も知らなかった。
樹愛が苦しんでいたコトも。
樹愛が死んだコトも。
それなのにオレは、何も知らないくせにオレは、樹愛を見て樹愛の表情を見て、幸せにやってるもんだと勝手に決めつけたりしていた。
オレはいつだって女心というヤツが一つもわからないマヌケな男だ。
樹愛はなぜ、オレの前に姿を表したのか。
そればかりを考えていた。
オレはぎりぎりの所に立っていた。
いつフラッと立っている所から落ちてしまっても
おかしくない場所に立っていた。

「死ねぇっ!」
銃口が額にむけられ、指先が絞られた。
プシュー。顔面に飛び散る血潮 、、、ではなく水しぶき。
「死ねっ死ねっ死ねえっ!」
ヒットマンにしてはかわいすぎるあいのすけが、続けざまに水テッポウの水しぶきをあげまくる。
「まいった、まいった、もう終わり。ちゃんとつからな風邪引くで。肩までつかり」
あいのすけは浴槽につかるのが苦手だった、というよりも、一箇所でじぃっとしてるのが苦手なのだ。
「もう上がってええ?」
顔を真っ赤にして、アップアップさせるあいのすけ。
「あかん。あと三十数えてからなっ」
「えっー!!!」
あいのすけにしても、とらのすけにしても、りゅうのすけにしても、オレは分け隔てするコトなく、彼らを愛していた。
本当のオレの子供かどうかなんて、そんな小さなコト。オレには関係なかった。
三人はオレの大切な宝物だった。
叶うならば、このまま穏やかに時が流れ、三人のチビ達が立派になるまで、ゆまと側で見守っていきたかった。
危うい精神状態の狭間で、オレは踏ん張っていた。
弾け飛んで行ってしまいそうな中で、チビ達の存在が、ゆまの存在が、オレを繋ぎとめてくれていた。
「二十九、三十っ!」
三十の叫び声と同時に、あいのすけは弾けるように浴槽から逃げ出していった。
「こらっ!ちび、あいっ!ちゃんと身体ふかんかあっ!」
小さなお尻に向かって叫んだが、あいのすけは小さな台風かの如く、風呂場から飛び出していってしまった。
もちろん開かれた扉は、そのまま開けっぱなしだ。

「コラァ!あいっ!ちゃんと身体拭いてきてから、あがってこんといかんでしょ!」
あいのすけを叱るゆまの声が聞こえる。
キャンキャンと嬉しそうにはしゃぎ回る、ラブの声も聞こえてくる。

オレは細いため息をゆっくりともらしながら、バスタブ へと身を沈め、両手で顔をぬぐった。
もしも、ゆまとチビ達がいなければ、オレに家族という場所がなければ、オレはどうしていただろうか。
組に迷惑をかける所か、自分が在籍する組織からも、タマを狙われるのを覚悟の上で、オレは樹愛の仇を伐とうとしただろうか。
何年も何年も前に済んだ「初恋」の為に、オレは
チャカを握りしめただろうか。
殺しても殺されても報われるコトのない破滅の道を、突き進んでいっただろうか。


この心の憤りも、時間がきっとやわらげてくれる。
オレは両手でお湯をすくい、何度も何度も顔に打ちつけた。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)