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年末スペシャル一挙2話配信! 小説『忘れな草』第47話

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年末スペシャル一挙2話配信!
小説『忘れな草』第47話

「あっ、そうや、塚口。樹愛の話し知ってるやんなっ」

別れ際に思い出したように言うしおりの声は、さっきとは打って変わって、なんだか暗く沈んでいるように感じられた。
「おうっ、なんでも大親分の姐なったんとちゃうんか。いつやったかな、いっぺんおうたどぉ。確か出所やってすぐやったから、二月か三月やったかなっ。ほらっ十間の交差点の所にコンビニあるやろう。あそこでおうたでぇ」

「何ゆうてんのっ。塚口、あんた本気でゆうてやんのっ。人違いやろう」
しおりが怪訝そうな顔して、きっぱり否定するので、その意味がつかみきれず、少しムキになった。

「なんでやねんっおうて喋ったゆうねんっ」
車に乗せてドライブしたとまでは言わなかった。
誤解されるようなコトは何もなかったけれど、いちいち言わなければいけない理由もない。
「塚口、、、あんたホンマにゆうてんのっ?」
オレはコクリとうなづいた。
何をしおりは怪訝そうな顔をしているのだろうか。
不思議でしかたなかった。
まるでオレがこの世に存在しない者と再会したと言ってるような、そんな顔つきに見えた。

「だって、樹愛死んでんよっ。七年も前に...」
何のコトを言ってるのか、その時はまだ理解するコトすら出来なかった...。

平成6年冬


特別何が原因でそうなっていったか、自分でもわからなかったけれど、オレは次第に平凡な暮らしに嫌気を覚えるようになっていった。
顔をみれるだけで嬉しかった樹愛とこうして一緒に暮らしているというのに、なぜかいつもイライラしていた。
毎日ドロまみれになるまで働かされ、二十五、六万の金で老いぼれたように腐っていく自分自身が惨めでしかたなかった。
そして仕事も休みがちになり、樹愛とケンカする回数が増えていった。
想いは一つもかわらないというのに、それどころ
か樹愛に対する気持ちは、日を増せば増すだけ強くなるというのに、心に宿ったイライラを押さえきれず、オレは次第にかわっていった。
「男は働いてナンボやろっ!じっちゃんは樹愛幸せにしてみせんのとちがうのぉ!!」
明日行く。明日は必ず仕事に行くと言っては休み、それが五日続いた日の朝、樹愛がキレた。

いつの間にか、うわ目づかいでオレを見つめるちょっとすねたような甘えた表情も、オレだけに聞かせてくれていたちょっとすねたような声も、樹愛から消え去っていた。

「だから明日から行くゆうてるやんケッ!ごちゃごちゃゆわれたら行く気なくなるやろがあっ!!」
オレはイライラしながら、眉毛を掻きむしった。
イライラしてる理由を自分が作っているのは、わかっている。
だけどそれをどうするコトもしようとしない自分自身に、またイライラを募らせた。

樹愛は誰が見ても、美人という程の女だ。
オレ自身がわかっていた。オレにはもったいなさすぎる女だというコトを。
こんなコトをいつまでも繰り返えせばすてられてしまう、こんなコトをいつまでも繰り返えせば逃げられてしまう、それが恐怖となってオレを追い詰めていった。
樹愛のいない明日なんて考えられない。樹愛と別れるくらいなら死んだ方がましだ。
だったら樹愛のいう通り、真面目に働けばいいのだ。
もっとしっかりすればいいのだ。
それが出来ず、やろうともせずイライラばかりを募らせていた。
イライラしては、血だらけになるまで身体の至る所を掻きむしった。
結局ダメなヤツというのは、どこまでいっても、どうしようもない。


「何がよっ!何もゆわへんかったら、行きもせんからゆうてんのやろっ!仕事もろくにせんクセに、簡単に女幸せにするとかゆうなっ!」
「やかましわいっ!!」
オレはコブシを振り上げた。
「何よっ!殴るんやったら殴ってみんかいっ!!あんたそこまで落ちんねんなっ!やれるもんやったら、やってみいやっ!」
オレは歯ぎしりを噛んだ。
振り上げたコブシはわなわなと震えた。
「クソッたれがああ!!!」
力いっぱい、オレは樹愛を、ではなく洋服ダンスを殴りつけた。
「バギッ」という音と共に、コブシはめり込み、打ちつけたコブシに激痛が走った。

オレは何をしているのだろう。
樹愛に嫌われる為に、生きているのだろうか。
樹愛に嫌われるまで、オレの愚行は止められないのだろうか。
自己嫌悪がまた一つ増え、オレは激しく眉毛を掻きむしった。

平成21年1月5日


残る刑期も一年を切った。
一年を切ると、気分的にずいぶん楽になる。
来年の今頃はこうして、ここに座ってるか、いないかというだけで、えらく違うように思う。
出所したからといって、楽しみばかりではない。
正直、今は不安の方が強い。
未練がましい話しだが、ずっとゆまが待ってくれてるもんだ、と思っていたから心の余裕があったけれど、それがすべて出所後のことを一人でやらなければならなくなった。それを思うと、不安でしかない。
金もない。女もいない。コンプレックスのかたまりのような、うだつのあがらない三十過ぎのムショ帰りに、一体何が出来るのだろうか。
出る前から気がまいってしまいそうだ。

小説を書いて世の中を見返してやる、という野望はいまだ消え果ててはいないが、書く気がしないのだから、どうしようもない。
ないないづくめで申し訳ないが(誰に?)、今日で二ヶ月、便りがない。誰からもない。
もちろん面会など何ヶ月もない。良いコトなんて本当に一つもない。

「いいコトがなくとも、悪いコトがないだけ、まだましだにぃ~」

前科十八犯のじいさんがさとり顔でいってたが、ばかやろうっ!これ以上、次から次に悪いコトがあってたまるか!


今日も一日、何事もなく過ぎていった...。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)