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ーヤクザの事務所ワークー

年末スペシャル一挙2話配信! 小説『忘れな草』第46話

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ーヤクザの事務所ワークー


平成22年12月


いつもと変わらぬ朝だった。
9時過ぎに目を覚ますとシャワーを浴び、本部へと安否連絡を入れた。
こんな感じだ。
「美崎会の塚口やけど、本部のほうかわりないでっかっ」

ーご苦労はんですっ。塚口のカシラでっか。
今のところなんもかわったコトありまへんでー

「そうでっか。ほなら安否でたのんますっ。ご苦労やすっ」


その後、事務所に「出勤」し、夕方までに、細々とした雑用をさばき終え、5時にはつねをともなって外へ出た。

ある程度の立場までいくと、かわったコトがない限り、ヤクザは結構ひまな商売である。
ある程度の立場にいくまでがべらぼうに忙しく、肉体的にももちろん、精神的にも気苦労がどっさりとつきまとう。
また、ある程度の立場より行き過ぎてしまうと、これも同じで忙しくなってしまう。
オレにはこの「ある程度の地位」というポジションが一番心地よかった。

男2人がテーブルで向かい合い、チョコレートパフェをつつき合うのは、食べてる本人でさえどうかと思うが、事務所を出た後、オレとつねは向かい合ってチョコレートパフェをナメていた。

「のんきですよね〜」
「なんでやねんっ」
子供みたいに口のまわりを汚して、チョコレートパフェを食べるオレを見て、向かいで頬杖を突いた、つねがため息まじりにつぶやいた。
問い返したものの、確かにつねの言う通り、のんきだった。
そしてオレはその「のんき」をこよなく愛していた。

こんなオレのような不良ヤクザでも、コトが起これば、そうはいってられない。
それどころか、最前線に立たされる。
だからこそ普段は大低のコトなら目をつぶってもらえるのだ。
よくも悪くもない。それがオレの存在理由。商品価値だった。

「のんき」な世の中とはいえ、明日もその「のんき」がかわらずやってくるという保証はどこにもない。

明日、いや5分後に何が起こるかわからないのが、ヤクザの社会だ。
殺(や)るコトもあれば、同じ比率で殺られるコトだってありえる。

そんな人生だからこそ、平和な時くらいは、のほほんと「のんき」にチョコレートパフェをナメていたかった。


「ほんと飽きずに毎日よく食い気ますねぇ」
つねがまたため息をついた。
その時だった。
「あれっ、塚口ちゃう?」
通りすがりの子連れのおばちゃんに声をかけられた。
「どちらさんでしたっけっ?」
顔を上げて、そのおばちゃんをまじまじと凝視するが、その表情に覚えがない。
子供はあいのすけと一緒ぐらいだろうか。女の子だったけれど、もちろんその顔にも覚えがない。
「ほらっウチやんかぁ。しおりやんっ。中学の時、一緒やったっ」
「しおり...あっ!思い出した!山中しおりっ!しおりやんケッ!」
オレはあまりにも突然なしおりとの再会に、びっくりしてしまい、スプーンをくわえて思わず立ち上ってしまった。

中学時代、女子の中で一番、樹愛と仲の良かったのがしおりだった。

ーえらいっ、おばはんなったから、わからんかったわっー

口元まで出かかったけれど、流石に本音はひたかくし飲み込んでおいた。

「ちゃうわっ、中山よっ。今は結婚したから、苗字かわって中西なったけど。ホンマ、塚口は相変わらずかわってへんねんからっ」

おっとりと間延びしたしゃべり方も、あらいぐまのような表情も、そう言われてみると、しおりのものだった。
よく見れば、目元や口元が懐かしい。
連れてる女の子もどことなく、小学生の時のしおりを彷彿させた。
しおりと逢うのは久しぶりだった。
思わず立ち上ってしまうくらいは久しぶりだった。
最後に会ったのはいつだったろうか。
樹愛と一緒に暮らしていた頃、よく家に遊びに来ていたので確かそれが最後だろう。

「一瞬わからんかったけど、えらくこうなんてゆうかたっぷりしてきたんちゃっかぁっ」
そう言いながら、オレはしおりのハラのゆるみを服の上からつまみあげた。
「ちょっとなにすんのよぉ!セクハラで訴えるでぇ。ほんならまたムショにいかんとあかんよぅになるでぇ」
「何がムショゃねんっ。アホちゃうかぁ」
時空を一気に飛び越えてしまったような錯覚を覚えた。
こうやっていつもしおりとじゃれあっていた。
じゃれあいながら、となりでクスクスッと笑っている樹愛の気を引こうと一生懸命だった。

「お嬢っ、お嬢は何年生ですかっ?」
しおりの横で、ママとオレの会話を不思議そうに眺めていた、しおりの娘にオレは話しをふった。
一瞬、しおりの娘は、かたまったように目を大きく見開いた後、昔に比べずいぶんとたくましくなってしまった、ママの後ろへとピョコンと隠れてしまった。
その仕草がかわいらしくて、微笑みがもれた。
「もうこの子あかんねんっ。人見知りが物凄い激しいから、初めての人とようしゃべれへんねん。
ホンマ、誰に似たんやろう。ダンナは女ゆうたら、誰とでもすぐ仲よなるのにっ」

ー何ゆうとんねんっ。小学生の頃のお前もずっと
下ばっかりむいとって、恥ずかしがり屋やったやんケッー

すぐに女の子と仲良くなってしまう、父親似ではなさそうだった。
「お嬢、おっちゃんがおこづかいやろなっ。これでなんかオモチャでもかいっ」
オレは無造作にテーブルの上に置かれていた、つねのサイフの中から、一万円さつを抜き取ると、お嬢の小さな掌に握らせた。
つねは「えっ?」という顔でオレをみたが、当たり前の如しムシしておいた。
ママの後ろからちょこっと顔を出したお嬢は、一万円札を受け取ると、消え入りそうな声で、「あ
りがと」と言って、またママの後ろへと隠れてしまった。
「もうこんなもうてぇ、ごめんな〜。ゆき、ちゃんとありがとうゆうたんっ。ホンマに、塚口ごめんなっ。ホンマ、すいませんっ」
最後のすいませんは、オレにではなく、つねにだった。

オレはこの10数年ですっかりと「おばちゃん」になってしまったしおりがおかしかった。
バカにしているのではない。
羨ましいのだ。オレにはない、穏やかな時の流れの中で生きているしおりが羨ましいのだ。
毎日が楽しいコトばかりの積み重ねじゃないだろう。
平凡で退屈でつまらないコトばっかりだと思う。
それが穏やかな暮らしであり、だからこそ、小さな喜びに至福の時を感じれるのではないだろうか。
しおりだけではなく、多くの人達が、そういう暮らしの中で生きている。
そんな平凡な暮らしなんてまっぴっらごめんだ、と思っていたはずなのに、今はその平凡な暮らしこそが、本当の幸せではないだろうかと思うオレがいた。

「ほんなら塚口行くなっ。ホンマ、あんまりケイサツにばっかり捕まっとったら、そのうち死刑にされてまうでぇ」
「お前もなっ、あんまり食べ過ぎんようにせな糖尿なって、早死にすんどっ」
「ほっといてよっ!じゃあねっ」
これで別れていれば、オレの人生も結構、平凡なままで終わっていたかもしれない。
少なくとも、今日はあいのすけと一緒にアニメのDVDを借りにいって、帰りにコンビニに寄ってあいのすけの大好きなイチゴ大福を買って、それを家までの帰り道で食べながら、あいのすけにどれだけかりてきたDVDのアニメがおもしろいか、見る前からレクチャー?を受け、終わっていただろう。

こんなコトさえ聞かなければ、、、。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)