>  > 寝屋川中1殺人事件〜薄気味悪く今なお生を与えられ続けている山田浩二〜 文 沖田臥竜
寝屋川中1殺害事件

寝屋川中1殺人事件〜薄気味悪く今なお生を与えられ続けている山田浩二〜 文 沖田臥竜

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寝屋川中1殺害事件


世の人々を震撼させ絶望のどん底に突き落としたこの事件。
理性のある人間ではとてもじゃないが考えられない事件をそのどす黒い手で起こした山田浩二は、現在も口を閉ざしたまま、大阪拘置所の独居房で薄気味悪く「生」を与えられ続けている。


山田が逮捕後、口を開いたのは共犯者の存在。
当局、そしてマスコミにその共犯者として目されたのがFだった。
山田が逮捕前に職務質問を受け、スタンガンや未使用の注射器を没収された際に居合わせたTではない。
Tは山田逮捕後にマスコミや写真週刊誌に山田の事を喋ると触れ回り、金銭を要求し拒絶されている。


そんな山田の国選弁護人のお鉢が回ってきてしまったのは、Sを主任とし、H.I.Yの四名。
つまり山田と接触できる下界の人間はこの四人だけということになる。職務とはいえ、嫌な任務であることに間違いない。


共犯者と目されたFと山田が出会ったのは、大刑務所の十四工場であった。
当初、山田は1区に配役されていたのだが、事故落ちなどから二区の十四工場に配役されてくる。
Fと山田がその務めの後に再会を果たしたのは、大阪拘置所の面会待合室であった。


この時、山田は養父に面会する為に大阪拘置所に来ていたのだが、同行者が他に二名。
一人は山田が獄中時代に手紙を出していたとしてメディアのインタビューに応じたN。残りの一人は山田の彼女K。このKの存在はあまり報じられなかったのだが、逮捕寸前まで山田の運転する車に同乗していた。


Fが捜査線上に浮上するきっかけとなったのは、山田の携帯電話の着信履歴にあった。問題となった8月13日の電話のやりとりは7分間。発信先は、Fの自宅の前であった。
この時、Fと山田は会ってはいない。
ただ山田から
「覚醒剤が入らないか?」
「やばいことをしてしまった」
などの話しを聞いている。


Fと山田が直接会ったのは、それから3日後の8月16日。山田から事件の打ち明けられたりする事はなく、ホームセンターを二人でウロウロし昼食にハンバーグを食べたくらいのものであった。


これらが後に当局から重要参考人として事情聴取を受ける事になった原因で、マスコミに追い回される事になった理由であった。


ただ疑う当局も追うマスコミも、山田浩二に共犯者がいないことは十分理解していたことであろう。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)