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〜気の狂ったギャング〜

闇社会事件簿〜気の狂ったギャング〜「実話ドキュメント」拘置所通信に毎月Aへの中傷が紙面に踊った

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闇社会事件簿〜気の狂ったギャング〜「実話ドキュメント」拘置所通信に毎月Aへの中傷が紙面に踊った


ギャング。その男を一言で言うならば、気の狂ったギャング。誰もがそう口にするであろう。
男の名はA。もしも今、社会で健在ならば、確実に殺されていたといわれる人物である。
Aは元、四次団体の組員であった。だがヤクザとしては、全く使い物にならなかった。そりゃそうである。Aは生粋のギャング気質。カタギもヤクザも女子供ですら関係がない。そんな者が組織の掟や縛りを守れるはずがなかった。
Aの人生で穏やかな時間があったとすれば、それはおそらく前刑となった某刑務所で務めた、三年間くらいではないだろうか。
この時Aは、気の合う懲役たちと過ごす事ができ、ケンカどころか揉め事ひとつ起こすことなく満期を迎えている。
ある者は言った、それがいけなかったのだと。


Aは我慢など出来る性質ではない。塀の中の三年間は懲役仲間に助けられながら、楽しく過ごしていたはずだった。だがどこかで、ストレスを抱えていたのかもしれない。出所後のAの無法ぶりは荒くれどもが群雄割拠する大阪裏社会ですら、群を抜いていた。
覚醒剤をやれば見知らぬ女性をさらってきてシャブ漬けにしてしまい、ギャングに入れば女子供まで縛り上げ暴力を加えてしまう。
そうしてついに、なんでもござれのギャング団を形成してしまい、ギャング、ギャングで明け暮れながら「ワシが大阪ナンバーワンじゃっ!」とうそぶくようになっていったのだ。
そして、遂にAは禁断をぶち破る所業を働いてしまう。決して手は出してならない領域。武闘派組織の身内の所にギャングに押し入って、手をかけてしまうのだ。
その報復は速かった。事件を手引きした男がまずしゃくられた(さらわれた)かと思うと、その男を使いAの右腕を誘い出したのだ。Aの右腕はそれ以降、現在に至るまで行方不明となっている。
後にこの件で十数名の逮捕者が出たのだが、殺人での起訴は全員見送らている。
もちろん国家権力も黙ってはいなかった。Aを生きたまま逮捕しようと、全国指名手配をかけてその行方を追った。
裏社会のウォンテッドが早いか。当局の追跡がそれをまさるか。関西裏社会の人間は、固唾を呑んでそれを見守っていた。
結果、軍配は国家権力に上がった。
幕切れは呆気なかった。さらってきた女性がトイレにいかせて欲しいと願い出て、その隙に警察へと通報されてしまうのだ。
Aにとっては、その方が良かったかもしれない。
例え二度と社会の地を踏むことはできずとも、生きているだけでも上等だろう。
何故ならば、行方不明となったAの右腕は、切り刻まれてロシアへと送られてしまった、とまことしやかに囁かれていたのだ。
Aならば、それだけで済まされていなかったのではないだろうか。


だがAの悪名は、そこからますます轟くことになっていく。
「全員、道ずれにしたらぁ!」
と言いながら、身内だったはずのギャング団のことを全て自供し始めるのだ。
Aの自供で、逮捕された数はかるく十数人を越えた。
ギャングに仁義を論じるなど、詮無いことなのかもしれない。だが裏社会には裏社会の仁義がやはりある。Aにはそういった概念すらなかったのだ。
Aに下された判決は、無期懲役。犯した罪を考えれば司法に首を括られていても、決しておかしくなかったのだが、奇跡的にも死者を出さなかったことを考慮されたのかもしれない。
Aは某刑務所の独居房で、今も生きながらえながら静かに余生を送っているという。


(RーZONE編集部)