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~塀の中の安保法案~

「尼崎の一番星たち」出版記念!文政プレイバック⑧

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~塀の中の安保法案~


たいがいの者が刑務所へと務めに出ると痩せてしまい、やつれて青白い顔で出所してくる者が多いというのに我らが文政は違う。
ウエートをMAXにまで上げ、みなぎった顔でシャバへと再び嵐を巻き起こしに舞い戻ってくる。
刑務所のような粗食でどうすればそこまでたくましく太ることができるのか、と凡人は思うかもしれないが、その答えは単純にして明解。人一倍、食うからである。他の懲役の分まで食べるからである。


文政くらいのビックネームになると、文政がわざわざ「くれ!」と無心せずとも、彼と同房となった者たちのほうから、工場で生活しやすくするために、「兄さん、ワシ、カレー苦手ですねん。もしよろしければ、毎週日曜の昼に出るカレーライス食べていただけませんか?」
と安全条約が申し出される。
文政は気分屋さんなので、実情はさながらアメリカに守られている日本国並みの不安定極まりない安全保障ではあるが、とりあえずは、「それやったら、しゃあないの。ワシが食うたる。ワシが出所するまで、事故落ちしたら承知せんど」令が施行はしてもらえるのだ。


仮にこのようなことを他の受刑者がおこなえば、即座に噂が工場中に広まり「卑しいやっちゃ!」と懲役たちが沸き立ち、生活がすこぶるしにくくなるのだが、彼の場合は陰口すらたたかれない。


一度、私たちが受刑中、同じ工場に二次団体のNo3で、自身も事務所を構える大物組長が配役されてきたことがあった。
大阪刑務所ではだいたい週に一度、朝にコーヒーが出ていたのだが、この組長は、そのコーヒーが大好きで、4本も5本も飲んで出勤していた。
シャバではなんら問題にならない話である。コーヒーを10本飲もうが、20本飲もうが、本人の勝手である。
だが、塀の中では、こんなことすら、大問題になってしまうのである。組長たるものが、他の同囚からシャリ上げとはけしからん、となったのである。
陰口が叩かれ、次第にその空気を敏感に察した組長は、コーヒーを他の懲役からもらわなくった。無言の圧力がかかったのである。
ただ、組長クラスだったから、無言の圧力で済んだとも言える。そのへんに転がっているヤクザ者なら、速攻、運動時間に現役連中、7、8人に囲まれ、「おいっ、コジキ、何シャリ上げしとんねん。明日、扉蹴って、自爆 (自ら懲罰に落ちる事)せえ」
となってしまう。


しかし文政だけは、治外法権である。誰よりも、食事を素早く平らげ、「食べたシリから、ハラへるの~」と一言いえばおかわりがやってくるのだから、そこに卑しさなんて入り込むスキがない。
あるのは、本音のみである。


私が彼と2年間、寝食を共にした独居暮らしにおいても、私たち受刑者にメシを配る業務についている衛生係の懲役に、自分の頬っぺたをパンパンと叩きながら、「文政や、わかっとるのっ。ちゃんとせえよ」と合図を送るのである。
どういう意味か。顔付けせえよ、と言っているのだ。
そうすると、なんでも具沢山の大盛り食が配食されてくる。配食に立会している刑務官が甘めの担当の時などは、茶碗がどんぶりのようなモッソウで放り込まれてきたりする。
私の経験から言っても、彼はどこに言っても、食に困ることなく生きていけるのではないだろうか。


先日、そんな彼から手紙が届いた。
現在、彼は鳥取刑務所に収容されている。その影響か、手紙には現在、「鳥取弁の取得を目指している」とあった。


刑務所の中で資格の勉強をする者は多いが、鳥取弁の何がお気に召されたのであろうか。文政のことである。何か魂胆があってのことであろうが、その真意は私にもわからない。
だが、わかることもある。間違いなく今回出所してくる時にも、たくましい体躯となって帰ってくるはずである。
それだけは、間違いない。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)。