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悪魔のカシラ

『尼崎の一番星たち』出版記念!文政プレイバック⑥

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〜悪魔のカシラ〜


大阪には「まっちゃん」という車上荒らしのスペシャリストがいる。
 チビの「まっちゃん」の動きは機敏でそつなく、小顔は少々しゃくれ気味である。そして、その腕のたくみさは、他の車上荒らし達からも「神業」と評されるほどで、「まっちゃん」にかかると、セキュリティを万全に備えた現行の高級車でさえ、簡単に開放されてしまう。
 そんな「まっちゃん」の持つ腕が、大阪の裏社会に生息している住民達の噂にならない訳がなく、「まっちゃん」は事あるゴトにイチャモンをつけられ、誰かの支配下に置かれていた。
 力が何より最優先される大阪の裏社会において、「まっちゃん」の飼い主が次第に影響力のある者になっていくのは、自然の摂理であろう。
 そして「まっちゃん」は、あるコトで半殺しにされ、その世界では「悪魔のカシラ」と呼び声高い者の所に組み込まる事になってしまう。
「悪魔のカシラ」は、他の配下の者にもそうしているように、「まっちゃん」を暴力オンリーで支配していた。
 困ったのは他でもない「まっちゃん」である。「まっちゃん」は、車上荒らしに関して、スペシャリストであるけれど、暴力沙汰にはからきしダメで、毎日ように悲鳴を上げていた。
「まっちゃん」の悲鳴が上がれば上がるほど、「悪魔のカシラ」の生活レベルがうなぎ登りで上昇していき、乗る車、抱く女、身に付けるモノすべてが、超高級になっていった。
 そうなれば、ますます大阪裏社会に置いても影響力が浸透していく。正に鬼に金棒、悪魔にまっちゃんである。
 だが、そんな生活と暴力に耐え切れなくなった「まっちゃん」は、隙を見つけ「悪魔のカシラ」の前から逃亡をはかった。
 そのまま県外の田舎町で細々と車上荒らしをいそしんでおればよかった「まっちゃん」だったのだが、1ヶ月が過ぎ2ヶ月が過ぎると、元来のバクチ好きが頭をもたげてしまい、西成へと出かけてしまった。当然、すぐさま「悪魔のカシラ」の手先にバクチ場で見つかってしまい、取り押さえられてしまう。
「おどれコラ、舐めた真似してくれたの、カシラがえらいご立腹やどっ」
「まっちゃん」万事休す、である。
「コラッ!ハナクソッ! おどれらが騒ぐからバクチの目がかわってもうたやろがぁ!」
 ピンチの「まっちゃん」に部屋の奥から天使の声が舞い降りた。大阪裏社会のスーパースター「文政」だった。
「えろうすんませんっ。すぐにいにますよって。おいっ! いくどっ」リーダー格の男が「文政」に断りを入れると、「まっちゃん」の首根っこを掴み、その場から立ち去ろうと急いだ。
 首根っこを掴まれる「まっちゃん」をじっと見据えていた「文政」が、何かに気付いたような声を出した。
「お前、もしかして、まつかっ!?」
「文政」の呼び方に、泣きべそをかいていた「まっちゃん」がうなづいた。「文政」と「まっちゃん」はバクチ仲間であった。
「ふーん、お前、悪魔ちゃんトコおったんかいっ。よっしゃわかった、お前ら離したれっ。今日からまつはワシのファミリーや! 悪魔ちゃんにあんじょうゆうとってくれっ」
 一同「ええええーっっっっ!!!!!!!!!」である。
「文政」は、良くも悪くも言い出したらきかない。些細な事でも言い出したら引っ込めない。普通ならこんな横車は、裏社会に置いて通らない。ましてや、相手は「悪魔のカシラ」である。誰もが「文政」と「悪魔のカシラ」の激突に血の雨が降ることを想像した。
 だが、西成に血の雨は降らなかった。
 事の経緯を配下の者から聞いた「悪魔のカシラ」は、一瞬、眉間に皺を寄せた後、笑い出したという。
「あっははは、まつは文政にたどり着いたんかいっ。それやったらもうええ、まつにかまうな、ほっとけ」
 その日から、「まっちゃん」は、水を得た魚のように生き生きと車上荒らしにせいを出し、善意で「文政」に金を運んだ。
 その金を惜しみなく「文政」は、バクチに溶かしたのだった。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)。