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尼崎の一番星たち出版記念

『尼崎の一番星たち』出版記念!文政プレイバック①

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「あのね、あのね、債権回収のシノギ回ってきてんけど、兄弟、債権回収って知ってる?」

 ステゴロキングのバッテツが博打場でどかっと座り、サイコロを転がしている文政に尋ねた。

「恐喝やろがい」

 全然違うだろう。債権回収である。恐喝とはまったく違う。

「うん! そお、カツアゲ!」

 えっ、そうなの。恐喝なの!? ていうか、カツアゲって......。

 確かに文政とバッテツの手にかかれば、どれだけ正規の債権回収であったとしても、恐喝になる可能性は否定できない。

「あのね、あのね、もうそこの喫茶店で相手待たせてるから、兄弟一緒にいかへん?」

 本来、文政は博打の最中に話しかけられたり、邪魔をされたりするのが大嫌いな性分である。しかし、機嫌が良かったのだろう。最後に、「ケツからミナー!!!」と怒声を轟かせ、盆の上の万札をすべてフトコロにしまうと、「今日はやめじゃ」と言って、立ち上がった。

 サイコロの目は、文政に向いていない。だが、それを指摘できる者は誰もいなかった。

 喫茶店に向かう道中、文政が口を開いた。

「兄弟、相手なんや、ヤクザかいっ?」

 バッテツがこたえる。

「ううん、違う。居酒屋の店員さん」

 文政は、ふ~ん、といいながら、派手な音と共に喫茶店のドアを開けた。すると、明らかに人相の悪い3人組が入ってきた文政とバッテツを睨(ね)めつけている。

「ヤクザやないかいっ!」文政がバッテツを怒鳴りつけた。

「う~ん、あれ、おかしいな~。居酒屋の店員さんのはずやで~」とバッテツは首を傾げながら、3人の目の前に腰を下ろした。

「あのね、あのね、自分、居酒屋の店員さんやろ? 店長さんか?」

 右端に座っている顔面包帯ぐるぐる巻き男にバッテツが尋ねた。

「誰が居酒屋の店員さんやねん! ワレこらなめとったら、あかんどっ!」

 こたえたのは、中央に鼻息荒く座る角刈り男である。カッターシャツからは入れ墨が覗いている。左端の男は、ずっとテーブルの上でカシャカシャカシャカシャと器用にジャックナイフを回している。察するまでもなく、その動作で文政とバッテツを威嚇してるつもりなのだろう。

 実に心許ない

「ほんと~? まあ、ええわ~。あのねあのね、これ借用書、500万ちょうだい」

 なんとも緊張感のない掛け合いである。「ちょうだい」である。もうちょっとひねりがあっても良いのではないか、と思われる。

「なんの借用書じゃい! オノレ、コイツのこと居酒屋でシバきあげといて、無理矢理書かせただけやろがぁ! そんな借用書どうでもええんじゃい! こっちは、コイツの慰謝料貰いに来たんじゃい! キッチリ払ったらんかいっ!!!」
 
 角刈りの鼻息がますます荒くなった。要するにバッテツは居酒屋で包帯ぐるぐる巻き男を包帯ぐるぐる巻きが必要な身体にしてしまい、御丁寧に500万の借用書まで巻いてきたのであろう。

 やはり、バッテツがいう通りカツアゲであった。

 文政は、その間、タバコをゆっくりくゆらしながら、じっと鼻息の右腕に巻かれる腕時計をじっと見ていた。

「おい、文太、その時計、本物かいっ?」

 やはりである。彼は鼻息の腕時計がお気に召したのであろう。鼻息の前に置かれていた手つかずのアイスコーヒーを奪いながら、鼻息に尋ねた。

「だ、誰が文太じゃい! て、こら、誰のアイスコーヒー飲んどんじゃい!」

「やかましいハナクソ! そのロレックス本物かバチもんか聞いとんじゃ!」

 喫茶店に文政の怒声が響きわたる。その声に一瞬、怖気づいた鼻息は、少し鼻息を弱め、本能的にロレックスが巻かれている右腕をテーブルの下に隠した。

「だだだ、だったら、どやねん......」

 もちろん、文政の回答は、「貸せ」であった。

「なななん、なんで貸さんといか」鼻息が言い終わらないうちに立ち上がった者がいた。ジャックナイフである。

「お前ら、さっきから何をゆうとんね」

「ん!」と最後まで言い終わらぬうちに、ジャックナイフは椅子ごと壁へと吹き飛んでいた

「あのね、あのね、自分も借用書巻かすで~」

 バッテツの剛腕が唸りをあげ、包帯ぐるぐる巻き男もひっくり返った。

「ワシに3回おんなしことゆわすなよ、貸せ」

 恐喝がいつの間にか強盗に訴因変更されてしまった。鼻息がまったく鎮まってしまった角刈りは、観念したかのように右腕に巻くロレックスを外すと、テーブルの上に差し出した。

これで勘弁してもらえますか?

 さっきまでの威勢はどこへやら、かわいそうなくらい弱々しい声である。文政は、テーブルの上に差し出されたロレックスを自分の右腕に巻くと、満足気な笑みを浮かべ立ち上がった。

「よっしゃ、わかった。そこまでゆうなら、貰(もう)とったる」

 貸してくれと言っていたはずなのに、いつの間にか、貰っといてやる、に微妙にニュアンスが変わっていた。そして、席を立つと、1人でまた博打場に帰っていってしまった。

「あのね、あのね、500万払ろうてくれる?」

 えー!!!であろう。腕時計で済んだのは文政だけで、バッテツはまったく済んでいなかったのだ。彼らの不幸は更に続く。

「アイゴー! 誰じゃい、表のランクル邪魔で通られへんやないかいっ! なんやったら、貰(もう)たろかいっ!」

 先ほどまで文政が腰を沈めていた席に、今度はケンカファイターKが腰を下ろしたのだった。


 その後、鼻息は二度と人の話に良い格好をして、出ていくような真似はしなかったという。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)。