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坂城町遺体遺棄事件を沖田臥竜が徹底分析

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坂城町死体遺棄事件を沖田臥竜が徹底分析

今から25年前の少年時代。私は今回の舞台となった長野県で幼馴染と車を拝借し、のちに逮捕された事がある。その時の私の年齢は17歳であった。
17歳。この事件を思う時、17歳という年齢に私は人の因果を思い浮かべてしまうのである。
一部報道では、逮捕された4人のうち2人の双子の兄弟が主犯格のように報じられているが、実際、関係者らの話しを総合するとそうではない。事件当時17歳だった少年がこの事件を主導しているのだ。
そして遺体で発見された加害者も、17歳の時に長野市内の高架下に遺体を埋め、2年前に逮捕されていた。だがこの事件は、死体遺棄の時効が成立していたことから、逮捕こそされたものの起訴には至らなかった。
それが今回の悲劇を生み出したと言えるかもしれない。何故ならば、いくら法的に時効が成立していたとはいえ、被害者感情。つまり殺された被害者の知人たちの感情はおさまってはいなかったのだ。
関係者らの話しによれば、今回殺害された被害者は自身が17歳の時に起こした死体遺棄事件で被害者の知人らから強い反感を買っていたという。その反感のしわ寄せは、被害者の後輩となる主犯格の17歳(当時)の少年、そして19歳(当時)の少年らの身に降りかかってきてしまうのだ。
結果、思いつめた17歳の少年がこのままでは一生奴隷扱いされてしまう、もう殺すしかないと犯行を決意。被害者の男性と同居していた19歳の少年が被害者をおびき出し、殺害するに至ってしまったのだ。その中に双子の兄弟も加担してしまう。それは17歳の少年と19歳の少年に頼まれての事だと関係者らは話している。
2人の少年たちは施設っ子だった事もあり、双子の兄弟の親族には、ことのほか世話になってきていた。
そういった経緯が逆に仇となり、2人の兄弟が事件に加わるまでに至ってしまったのではないだろうか。それを裏付けるように、近隣住民の話しでも2人の兄弟を悪く言う住民はいない。
なら何故、2人の兄弟が主犯格のようにメディアで報じられてしまっているのか。それは少年法の加護。事件当時、兄弟は成人しているのに対し、2人の容疑者は未成年だったからなのだ。
事件についての是非はない。人の命が奪われてしまっているのだ。言い訳など通じないだろう。
ただ同じ容疑者という立場にありながら、2人の兄弟らは世間の目に晒されて、主犯格の少年らが未成年という理由だけで、規制がかかってしまっては事件解明に誤解を与えてしまうのではないだろうか。少なくともメディアを通じて事件を知った世間の目は、報じられた2人の兄弟に向き、残る2人は少年法の加護に守られてしまうこととなる。
それでは殺害された被害者も浮かばれないのではないだろうか。
報道された兄弟の親族は、名を変え長野県から離れることを口にしている。それならば主犯格の少年らも少年と言うだけで世間の追求をのがれてしまって本当に良いのだろうか。
メディアは報じる限り真実を伝える義務が存在する。ならばせめて、仮に主犯格が少年であったとしても、そこは包み隠さず報じなければならない責任があるのではないだろうか。
私にはそう思えてならない。
「17歳の時に死体を埋め、17歳の少年に殺されてしまった。埋められた被害者がまるで連れていったようだ」
取材に応じてくれた地元関係者の話しが、いつまでも頭からどうしても離れないのである。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)。