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「忘れな草」第16話

新連載!「忘れな草」第16話

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「とらのすけ、おきてるかっ」
オレはリビングのソファーから立ち上がると、とらのすけの部屋のドアをノックした。
中から返事はなかった。
「入るで、とら」
言いながら、ドアのノブを回した。
もしかしたら、寝ているか、と思っていたけれど、とらのすけは起きていて、勉強机にポツンと座っていた。

そのとらのすけの後ろ姿が、悲しくなるほど心細げで胸が痛く締め付けられた。
オレは後ろ手でドアを閉め、勉強机の前のベットに腰をおろした。

机の横の本棚には、マンガ本がずらりとならべられている。
オレも昔、子供の頃に読んでいた本もあった。
その他にも部屋の至る所でゲームやおもちゃがご主人のとらのすけを守るようにして、ひしめき合っていた。

子供達の部屋に来ると、なんだか自分も世の中に守られていた子供時代にタイムスリップさせられた気がしてきて、至る所で輝くおもちゃに胸をわくわくふくらませたりしてしまう。
今、とらのすけはそんな子供の世界で何を感じて、何を見ているのだろうか。


もう少し大きくなったら、なんであんなコトくらいで死ぬ程思い詰め悩んでたんだろうって、思える日がほっといても向こうからやってくるから、どんなコトがあっても全然心配するコトはない、と伝えたかったけれど、オレがどんな言葉でどんな説明をしたとしても、とらのすけが大人になり、今を振り返る日が来るまで、そのコトを理解するコトは出来ないだろう。
オレにはそれが歯痒かった。

出逢った頃は、ちょうど今のあいのすけと同じ年齢だった彼も、今では中学二年生になっていた。

「とら、なんか学校であったんかっ?」
小さな背中に向かって声をかけた。
「とら、こっち向いてみっ」
とらのすけがゆっくり振り返った。視線はオレをとらえず、わずかに下を向いていた。
ゆまが言っていた通り、とらのすけの顔はアザだらけで、誰かに殴りつけられたのは、一目瞭然だった。
オレはそんな彼に話しかけた。
「とらには、忘れんとって欲しいコトがあんねん。
それは何があっても、ママと樹里はとらの味方やというコト。それだけは忘れんとって欲しい。何があったかは言いたくなかったら、笑って話せる日がくるまでムリに話さんくてええ。ゆうてちょっとでも楽になれるんやったら、それはいわないかん。
悩まんでもいい、ゆうてもムリかも知れんけど、もしもとらのすけがめちゃくちゃ悪いコトしてもうて、世界中の人ら全部が敵なってもうたとしても、樹里が絶対守ってみせたる。だからとらは心配せんでええ」
ー何もビクつかんでええー
オレもこんな言葉を親父に言って欲しかった。

「 なにも 何も悪いコトなんかしてへんもん...」
視線は下げられたまま、女の子のようなか細い声を出した。
彼はとらのすけという男っぽい名前を、彼のおばあちゃんにつけてもらっていたけれど、どちらかと言えば女の子のように、繊細で人見知りの強い子だっ
た。
「そっか、わかった。樹里はようウソつくしな、こんなコト、ママにきかれたらまた怒られるけど、とらくらいの時は、人の物盗っちゃったり、悪さばっかりしとったねん。だから、学校の先生みたいにえらくもないし、えらそうなコトなんかゆわれへんけど、ただ一つな、自分が間違ってないと、思うコトだけは、絶対曲げたらいかんねん」
「まげる?」
「そう、まげる。かえたらあかん言うコト。みんなが、そういうてるから、本当は正しくないと思うねんけど、自分の意見をひっこめてみんなにあわせようとか、自分の意見を押し通すコトで、何か他の人達にいわれちゃうから、間違ってるって本間はわかってても、みんなに合わせとこう、とか、そんなコトは男の子やったらしたらいかんねん」
「でもっ!でもっ!それで、ええカッコしいとか、みんなにゆわれるコトだってあるで!」
とらのすけは口をとがらせ、オレをニラみつけるような瞳でそう言った。
「とらのすけは誰かにそうゆわれたんか?」
「そうやっ、みんなが杉原って足の悪い女子からかうから、もうやめとけやって、ゆうたら、おまえはいつでもええカッコするって 、、、それで 、、、それで、、、」
キッと力のこめられた瞳には、いつしか悔し涙が溢れていた。
汚れきった今のオレには、とらのすけのその瞳が眩しくて仕方なかった。

昔はオレもとらのすけのような、純粋で真っ直ぐな瞳をしていたのだろうか。
「そうか、とら。えらかったな。ようゆうた。えらかった」
いつしか泣き出してしまったとらのすけの頭を、オレは掌で撫でた。

子供というのは素直な分、残酷な一面を持ち合わせている。見た目の障害をみたままに口に出し、からかったり、悪ふざけしてしまったりするもんだ。
オレだってチビだった頃、銭湯に居合わせたおっさんの小指がないのを発見して、なんでおっさんは小指がないのか、と詰問し一緒に来ていた父親をビビらせてしまった過去がある。
悪ふざけや他人の悪口ほどおもしろいものはない。
それを咎め立てれば、今度は的が咎め立てた子に転じられてしまうのは、子供の世界特有の現象ではなかろうか。
悪ふざけした側の子供も、咎め立てした子供もそういう人間模様の中で、得をする生き方、当たり障りのない生き方を、自然と身につけていくものだと思う。

オレの母親がいつも言っていた。もっとかしこく生きなさい、と。要領よく生きなさい、と。
母親の気持ちも今になってみればよくわかる。
この場合ならこうだ。
「自分に関係ないコトならば、見て見ぬフリをしなさい。ええカッコをして目立つようなコトをするから、そんな目にあうんです。みんなに合わせて目立つようなコトしなさんな」

薄情なのではない。親心だ。


●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)