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「忘れな草」第15話

新連載!「忘れな草」第15話

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平成22年3月

あの頃のオレは一言でいうと病んでいた。
面会も手紙も途絶え、ほとほとまいっていた。
シャバと塀の中では、気持ちの温度差と時間の速度の感じ方に、埋められない程の開きがある。
社会の人間では気にもかからないような事柄に、敏感に反応してしまい、それが引きがねとなって、身を滅ぼす受刑者が後をたたない。
言うならば、死刑台にのぼった死刑囚が、自らの手で縄を首にまくようなものだ。

便りが少し遅れただけで、
「手紙もよこさんと何しとんねん、くそっメンタがぁッ!」
と激怒し、首に巻きつけた縄をぐいぐいと締め付
けていってしまう。
ー好きにしたかったら、好きにさらさんかいっ!一的な脅迫文?を送りつけ、本当に好きにされてしまった受刑者をオレは何人も目の当たりにしてきた。

待つ側は実際痛くもなければ、かゆみすらないであろう。
組事でジギリをかけ、毎月しかるべき額の生活費が組織より充てられているのであれば、いざしらず、ほとんどの場合いらぬ苦労がへるだけだ。

それを実によく理解していたオレは、引導を渡してやりたくても渡せず、かといって引導を渡されそうな現状を打破する策も見当たらず、独り心の葛藤を向こうに回し、悪戦苦闘の戦いを余儀なくさせられながら、拘禁病をすくすくと育むませていた。

「もうあかんっ終わりましたなっ...」
と思ったコトは、何度もあった というより毎日だ。
出所をやって二ヶ月が経った今では、気の毒だな〜とまるで他人事のように思い返し、笑ってやるコトができるが、この頃のオレは人間が破綻してしまいそうなボーダーラインギリギリの場所に立っていた。
いつ人として崩壊してしまってもおかしくなかったかもしれない。


樹愛との偶然の邂逅から一ヶ月が経とうとしていた。

始めの内こそ、感傷めいた気持ちで日を送っていたが、次第にその感傷も薄れていき、目の前の生活に追いまくられる、いつもの毎日へと戻っていた。
それはオレだけではなく、樹愛も同じだったのではなかろうか。
「ちょっと、聞いてるんっ!」
ぼけーっとしてるように見えたのか。
オレを「ガンミ」しているゆまの表情は険しく、眉間に皺までよっていた。
「きいてまんがな」
オレはゆまにこえたえ、テーブルの上に置いてある、セブンスターに手を伸ばした。


「それでとらのすけはなんてゆうてんねん」
ゆまは一瞬、とらのすけ閉じられた部屋に視線を投げた後、再びオレに向き直り、オレから視線をはずして首を振った。

ゆまからのメールを受け取ったのは、昨晩。
当番の為に本部へと詰めている時だった。

ー仕事中にごめん。今さっきとらのすけが、顔をめちゃくちゃはらして帰ってきました。学生服にも靴跡がいっぱいついていてー

メールを読んだ瞬間に、かっと頭に血が上り、後の言葉は覚えていない。
すぐにでも飛んで帰りたかったが、仕事中かどうかは別として、本部の当番を空ける訳にはいかない。


「あんなちゃんて、あゆに似てると思いまへんかっ」
当番に連れて来ていた舎弟のつねが、人の気もしらないで、キャバクラのネーちゃんの話しを振ってきたので、渾身の力をこめて怒鳴りあげた。

その後も身体があくまで、回りの者にあたれるだけ当たり散らした。

ようやく今日の夜になって「お仕事」から解放されたオレは、
「デエヘヘヘ兄貴、今日もキャバいきましょうよ、キャバ」
と懲りずに、バカッつらですり寄ってくるつねに、もう一度あらん限りの声を振り絞って怒鳴りつけ、オール信号無視で我が家へと帰ってきたのだった。

●沖田臥竜(おきた・がりょう) 元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任俠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)。最新刊は『尼崎の一番星たち』(同)