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ヘイトスピーチハンター・山口祐二郎のひとりごと

山口祐二郎が吠える「慰安婦問題は被害当事者の想いを何より大切にしろ!」

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政府は元慰安婦のおばあさんと向き合え


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李方子さんのお墓に献花する筆者


 しかし、辛いことだけではなかった。韓国の母と言われていて日韓友好のシンボル的存在でもある、李方子(り まさこ)さんのお墓参りをし、献花をおこなった時は感無量であった。日韓併合時代に政略結婚で日本の皇族から嫁ぎ、朝鮮王朝最後の皇太子妃となった李方子さん。自身の祖国について、1つは生まれ育った国の日本、もう1つは骨を埋める国の韓国と語ったとされている。戦後は王族では無くなり、日本国籍も喪失され在日コリアンとなった。韓国社会に根深く残っていた障がい者差別と闘い、障がいを抱える児童の施設や学校を作るなど福祉事業に取り組まれた。お墓が世界遺産の朝鮮王陵の洪裕陵に隣接する英園に存在するのは調べて知っていたのだが、広すぎてどこにあるのかが分からなかった。その際に、韓国女性のガイドさんに聞くと、嬉しそうに笑顔で場所を教えてくれたのだ。韓国の方々からすれば憎むべき日本の皇族出身者であるはずだが、李方子さんはとても愛されていたのだ。


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金田きみ子さんのお墓にクンジョルする筆者


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望郷の丘 大韓航空旅客機被撃犠牲者慰霊塔


 最後に、天安にある望郷の丘に行き、元慰安婦の金田きみ子さん(本名 朴福順さん)のお墓参りをしてきた。平成17年に亡くなられた金田さんは、平成9年に元慰安婦の償い事業として創設された『女性のためのアジア平和国民基金』から、基金と総理のお詫びの手紙を受け入れた、初めての被害者の1人となった方だ。基金を受け取ったことにより、金田さんは韓国内でマスコミや挺対協などの運動体による強烈な非難に晒された。しかし金田さんは、基金を受け取るか決めるのは自分自身だと固い信念を貫き通し、嫌がらせを受けながら死去した。そのことを考えると本当に胸が痛い。私は金田さんのお墓に献花をし、クンジョルをした。

 日本政府は日韓合意をしたのであれば、元慰安婦のおばあさん方との面会、すでに亡くなった方々へのお墓参りや献花を当然すべきだ。お金を払って終わりで、誠意が伝わるわけがない。そして、日韓双方が、慰安婦問題を政争の具にするのではなく、何よりもまず被害当事者の想いを大切にしなければならないはずだ。元慰安婦のおばあさん方は毎月のように高齢のため亡くなっている。元慰安婦のおばあさん方は平均年齢は約90歳。現在も、韓国社会では元慰安婦というだけで偏見の目で見られ、子孫の生活にまで影響が出てしまう状態だ。そういったこともあり、死ぬ前に子供や孫のためにお金を残したいといった元慰安婦のおばあさんもいる。その気持ちを踏みにじる神経が、私には理解できない。

 私は、元慰安婦のおばあさん方の名誉と尊厳を回復をするために微力ながら今後も動いていくつもりだ。現実的に、元慰安婦のおばあさん方全員が納得をして、慰安婦問題解決という終止符を打つことは難しいだろう。だけれども、せめて私は、元慰安婦のおばあさん方の苦労をした悲しく辛い人生の心の傷が、少しでも和らぎ癒えるよう尽力したい。そして、ナヌムの家で元慰安婦のおばあさん方と約束をした日韓友好を築くために、歴史に真摯に向き合い、様々な形で誠心誠意努力をしていきたい。

 珍しく真面目なことを書いてしまった。韓国訪問において私などにご協力くださった皆様に、心より感謝を申し上げて今回は締めくくらせて頂こう。


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弘大(ホンデ)のカラオケ店で取材中の筆者






山口祐二郎
1985年、群馬県生まれ。歌舞伎町ホストなどを経て、新右翼「統一戦線義勇軍」幹部に。2007年に防衛省襲撃事件、2012年に東電会長宅前断食断水ハンストを起こし脱退。現在は、「全日本憂国者連合会議」議長、「憂国我道会」会長。作家・活動家として活躍。 著書に『ハイリスク・ノーリターン』(第三書館)、『奴らを通すな!』(ころから)がある。

山口祐二郎公式ツイッター  https://twitter.com/yamaguchiyujiro

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