>  > 菱のカーテンの向こう側2017「関係者を直撃! 割れた大瓢箪 ふたつの七代目会津小鉄会」
日本の裏社会で今、なにが起ころうとしているのか?

菱のカーテンの向こう側2017「関係者を直撃! 割れた大瓢箪 ふたつの七代目会津小鉄会」

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写真はイメージです


 京都の雄・七代目会津小鉄会がふたつ誕生してしまうという前代未聞の事態が発生して一週間たつ。

 他団体の業界関係者は今回の事態をどのように受けとめているのか。以下は現役幹部A氏と我々取材班との一問一答である。




──(取材班)七代目会津小鉄会がふたつ存在するというこの異常事態について、業界関係者の間ではどのような声が出ているのですか?

A氏 他団体の内情について部外者の人間が口を出すなどおこがましい話だが、意見を聞かれたのであえて答えると、現場の人間は神戸、六代目に限らず、「正統な七代目は金子会長やろう」って言ってるし、ほとんどがそう思ってる。

──それはなぜですか? 理由を教えてください。

A氏 ようは先代が誰かという話だ。次の代を指名出来るのは、あくまで当代だけ。それに反発して新組織を発足させるのは分かる。そこには男の意地もあるから。だが今回は馬場総裁が金子会長を七代目に指名したにもかかわらず、同じ七代目を原田会長が名乗っている。我々のような下の人間でも誰だっておかしいと思うよ。

──しかし、先代である六代目会津小鉄会の馬場美次会長を後見していたのは六代目山口組の髙山清司若頭です。後見人の意向は重要ではないのですか。原田会長の後見は六代目山口組の竹内照明若頭補佐だとききましたが......

A氏 後見がすべてというわけではない。たとえば、これまで山口組の四代目、五代目は稲川会の稲川聖城総裁に後見してもらっていたのに、「なぜ六代目になったら、その後見を外したのか?」ということにはならないか?(六代目山口組の発足は2005年、稲川総裁の死去は2007年) 後見がすべてだというなら稲川総裁、もしくは当時の稲川会 角田吉男四代目会長(2010年死去)に後見してもらっていたはずだろう。だが、実際はそうならなかった。山口組みずから「後見がすべてというわけではない」と認めているようなものだ。

それから、これは仮の話だが、後見をしていた稲川会が山口組の代目継承の際に、山口組の当代の意向を無視した人物を跡目とするよう介入してきたら、山口組は素直に従っていただろうか。もちろん、そんな事実はないので、あくまで仮定の話にすぎないが、こう置きかえると今回の話も答えが出るんじゃないか。

──組旗の存在こそ正統性という意見もあるそうですね。

A氏 もちろん組旗は大切。だがそれが先代をも上回る存在かと言えば、そうではないはず。

──では、業界関係者の方たちは金子会長サイドに正統性があると見ているのですか?

A氏 はじめに言ったように、本来は部外者の人間が口をはさむような話ではない。だが、(先代から絶縁処分になった)原田会長サイドに六代目山口組の大幹部の後見がついたことで話がややこしくなってしまった。「原田会長サイドが後見をつけたことで、なんでもありになってしまった」という声もよくきく。それがなければどこまでいってもお家騒動。他が口をはさむことではない話だった

──勢力的にはどちらが優勢なんですか?

A氏 聞いてるのは、金子会長側。当初は原田会長側の人間も途中、金子会長側に流れたという動きもあった。だが、逆は聞こえてこない。それが答えではないか

──最後に今後の見通しについて聞かせていただけますか?

A氏 上で何が起きているかまでは分からないので、確かなことは言えないが、暴排前のように目に見えてぶつかり合えば喜ぶのは警察だけ、というのは誰もが理解している。当面、事態が一気にどうなる、とかはないのではないか




 しばらくは、A氏が話すように両者睨み合う形が続くのであろうか。なおインタビューの最中、A氏が「原田会長は、本心では七代目会津小鉄会を名乗りたくなかったのではないか」と呟いていたのが印象的だった。

(取材・文/R-ZONE編集部)