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水曜はヤバすぎるアンダーグラウンドエッセイ from 東北

元四次団体組長・張恭市の「塀の中の、ゆく年くる年」

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とある大手暴力団(日本でいちばん有名なあそこですね)からスッパリと足を洗い、現在は被災地復興のため日々汗を流す「喜多方の帝王」こと張 恭市。そんな福島在住の張が被災地の現況から刑務所の実態まで、ヤバすぎるリアルな話を大いに語り尽くします!


来年はもっとよい年になりますように!


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 その日は、いつになく同囚の顔が和らぎ、笑顔となっていた。

 曜日によって毎年若干の変更はあるももの、12月28日の午前中のみの作業で、その年の刑務所内の強制労働は終了となり、あとは来るべき新しい年を迎えるべく、長期の休みに入る。

 作業が免業となるから笑顔になるのではない。

 新しい年になればなるほど、各自それぞれ出所に近づくからである。

 朝7時50分から作業を開始し、9時30分頃に10分間の休息の時間をはさみ、そのあとはお昼前まで工場内の大掃除を始める。

 大掃除が終わり、担当刑務官から正月休み中の過ごし方を説明され、くれぐれもその間、取り調べとなり懲罰等の無いようにとの訓示を受ける。

 それでも中にはちょっとした規律違反を犯し、連行、懲罰となってしまう者もたくさんいて、せっかくのお正月休みを台無しにしてしまう者も少なくない。

 担当刑務官からの説明が終わり、一旦舎房に戻り、点検を受けたあとに各部屋でお昼をとることとなる。

 そこからは塀の中のお正月休みの始まりなのだ。

 正月休みと言っても、外に自由に出られる訳でもなく、ただ舎房の中で年明けまでテレビを視ながら過ごしてるだけなんだけれど(笑)。

 塀の中では毎日のように入浴は出来ず、おおむね週2~3回、毎回15分間の入浴、お正月の連休中もそれは変わらないんだけれど、いつもと違うところが一点ある。

 それは、浴槽に入浴剤が入っており、いつもなら透明なただのお湯も、緑色のいい香りを放つ、娑婆っ気たっぷりなお風呂へと変貌しているのだ。

 ご存知の通り、入浴剤には保温効果も含まれており、普段はそんなものに入り慣れていない懲役達はつい娑婆を思い出して出来るだけ長く浸かってしまい、毎年何人かの懲役がのぼせて浴場で倒れている者がいる。

 それでも皆、新しい年を迎えるということで、笑顔を浮かべている。

 大晦日の夜には、各部屋に袋菓子とおせちの折り詰め、カップラーメンが入る。これが嬉しい。

 受刑者達が子供のような顔をして折り詰めを眺めている光景は、思わず笑ってしまうほどだ。

 この時に配布された折り詰めと袋菓子は正月休み中までの就寝時間以外の自由時間中に好きなときに食べて良いもので、もったいなくてなかなか手をつけられない者や、配布されたその日のうちにほぼ食べきってしまう者もいて、普段は決められた時間以外の食事は許されない刑務所の中で、好きな時間に自由に食べられることも、正月休み中だけは少しだけ人間として扱われる事の喜びを肌で感じていた。

 おせちの折り詰めと一緒に配布されたカップラーメンは、大晦日の夜7時頃にお湯が配湯され、それを年越し蕎麦代わりで食べることとなる。

 受刑者は、普段はカップラーメンを口にすることがないので、たった一個のカップラーメンを食べられるだけでもとてもありがたく、口を揃えて「うわぁ~っ! 娑婆の味だ」と一口一口大事に食べていた。

 ちなみに元旦1日から3日までの三日間は、いつもなら麦飯(バクシャリ)となる受刑者のご飯も、正月休みというだけあって白米(銀シャリ)が配食され、お昼には汁餅、アンコ餅、きなこ餅と日替わりで出される。

 これがまた格別に美味しくて、娑婆にいた頃、普段はアンコ餅やきなこ餅など一昨日食べなかった私も、塀の中で食べてから好きになってしまった程だ。

 テレビは平日ならば午後9時までの視聴となるのだけれど、大晦日の日だけは官公認で夜更かしをしていても良くて、『紅白歌合戦』を視ながら午前0時15分まで起きていることが出来る。

 塀の中で、刑務官公認の唯一の夜更かしが出来る晩。それだけでも嬉しく、無邪気に喜んでいた。

 テレビを視ながら、テレビの時刻が0時を指したとき、部屋の中にいる懲役達が一斉に「あけましておめでとうございます!」と声をあげる。

 それまで「来年には出られるんですよ」と言っていたものが、年が明けることで「今年には出られます!」と言えることとなり、それだけでも心の負担が少なくなる。

 新しい年を迎え、どんな犯罪を犯してきた者でも清らかな気持ちになり、もう二度と塀の中で新年を迎えることのないように頑張ろうと心に誓うんだけど、再犯率が多いB級刑務所では、正月休みもただの連休としか思っていない者の方がダントツで多い。

 私が最後の務めを終えたのが、2008年12月30日。

 本当にギリギリで年内には出所出来て、娑婆で無事に正月を迎えることが出来た。

 最後に思い出として塀の中の正月休み用の袋菓子ぐらい食べていきたかったなと思ったけれど、出所してしまえば好きなだけ食べれるのだから、そんな小さなことは思わず、出てからの事ばかり考えていた。

 塀の中で迎える正月と娑婆で迎える正月では、まったく意味合いが変わってしまうから。

 この原稿を書いている時点(2016年12月27日)でも、全国にはたくさん収容されている懲役達がいる。

 そして、そのたくさんの受刑者達が今回も塀の中で大晦日を迎え、新しい年を迎えることとなる。

 どうか正月ぐらい、好きな人達と好きな場所で、好きなことをやりながら新しい年を迎えられるように、一日も早く出所して、二度と惨めな正月を迎えることの無いようにして欲しいと、以前は同じ立場にいた私がそう強く思わずにはいられなかった。

 これを読んでくれた皆さんも、今現在塀の中に収容されている方も、どうか新しい年は更に飛躍し、更に素晴らしい一年であることを切に願っています




張 恭市
ちょう きょういち 元、某広域暴力団の三次団体幹部。四次団体組長。前科6犯。20代半ばから30代半ばの大半を、塀の中で過ごす。韓国人の父親、日本人の母親を持つハーフ。7年前に約20年所属していた組織から足を洗い、今は地元で数々の経営に携わり、東日本大震災後、復興支援のチャリティーイベント主催者、ボランティア活動、芸能界とのパイプを利用し、復興ライヴ興行等、幅広く活躍している。