>  > シリーズ"しばき隊の真実"第三回「新大久保コリアンタウンを守ったのは、しばき隊だったのか」
義賊か、それとも悪党か。 “しばき隊”とは何だったのか?

シリーズ"しばき隊の真実"第三回「新大久保コリアンタウンを守ったのは、しばき隊だったのか」

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ヘイター、カウンターと警察で路上が溢れかえる


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差別デモvs.カウンター(新大久保)著者提供


 新大久保コリアンタウンは、差別デモがある度に騒乱状態になる。パッと見、差別主義者にカウンターをするいくつかの集団や人々『しばき隊』と、在特会の差別デモ隊はどっちもどっちに見えるかもしれない。しかし、在特会を放置していたら差別は止まらなかったし、良くも悪くも及び腰だったメディアもこぞってこの問題を取り上げるように変化していった。いつの間にかカウンターは新大久保の街全体を埋め尽くすぐらいの勢力になっていた。2013年6月16日には、しばき隊側4名、差別デモ隊側4名の大逮捕劇が起こった。暴行罪や公務執行妨害罪などである。この時に『サッカーと愛国』 の著者で、フリーライターの清義明氏が、当時、在特会会長の桜井誠(高田誠)に唾を吐きかけられ暴行を受けた。清氏は報復にメガネを奪取して桜井と共に逮捕をされ相打ちに持ち込んだ。後、すぐに釈放。清氏は、サッカー業界では有名な人物で、横浜マリノスのサポーターグループのリーダーであったこともある。数々の武勇を残す、伝説的なフーリガンでもあった。

 このような危険人物も現れ、しばき隊と在特会の闘いはまさに抗争のようになってしまった。差別デモがおこなわれる週末の度に、新大久保コリアンタウンは警察で溢れ返り、機動隊の大量のバスが道路に並ぶ。バチバチに争う、しばき隊と在特会。しばき隊が、いかに差別を許さないために頑張っていても、遊びに来た人は恐くて近付きたくなくなる。それでは在特会の思うツボだし、新大久保コリアンタウンの存続にも関わる。在特会の差別デモそのものを中止させる動きをしなければならなかった。そのような事情も発生し、しばき隊側は政府、警察署、区役所などに相談や署名などを提出することにも励んだ。後の2016年6月にヘイトスピーチを違法とする、ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が施行されたが、2013年当時の現行法では差別デモを取り締まることはできないでいた。ヘイトスピーチ解消法については課題はまだまだ山積みの法律であるので、またいずれ詳しく書こう。だが、日本は1995年に「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)」に加入している。第4条においては留保という立場を取っているが、ヘイトスピーチが表現の自由の名の下に許されるのはおかしいだろう。日本国憲法で保障されている表現の自由の名を建て前に、差別デモを申請されたら許可を出さざるを得ないというのは誤りなはずだ。人権を理不尽に脅かすヘイトスピーチは表現の自由ではない。しっかり取り締まるべきなのだ。


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差別デモvs.カウンター(新大久保)著者提供


 私個人でいえば、右翼の重鎮たちに新大久保コリアンタウンでの争いを、早く終わらせるよう要求されていた。右翼はヤクザとの繋がりは深い。右翼の重鎮たちを通し、私に話がきたというわけだ。ヤクザからすれば自身のシマ内で騒がれていたら迷惑この上ない話であろう。私もそのことは重々承知していた。けれども、私には在特会の差別デモを止める力はなかったし、自由意志で集まるしばき隊を抑えることもできない。それにしばき隊がいなくなれば、また差別デモは野放し状態になってしまう。どうにかしなければいけない。とにかく、新大久保コリアンタウンで差別デモがおこなわれること自体を防ぐしかなかった。個人的にとても苦しい時期であった。