>  > 【宮崎学特別寄稿】「ヤクザもいる明るい社会」は作れるか

【宮崎学特別寄稿】「ヤクザもいる明るい社会」は作れるか

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 その一方で、ハロウィンなどのイベントや地元の祭りに張り切ったり、災害時に救援活動に奔走したりするのは、ほとんどのヤクザの特徴である。ハデなことが好きで、人情にもろい。そして、「ええかっこ」がしたいのである。

 だから、かつてのヤクザはたくさん買い物をしてくれる「いいお客さん」だった。地元の商店や企業も潤い、経営者らは「誰かを泣かせたカネのくせに」などとは言わなかった。

 私の住む都内でも、「親分さんが買ってくれなくなって困っている」とこぼす商店は少なくない。菓子など個人が買えばせいぜい5,000円がいいところだが、数万円単位で定期的に買ってくれるヤクザの存在はありがたかったのだ。今はまったくダメだという。これは暴排もだが、ヤクザのシノギがきつくなっていることもあるだろう。

 モノが売れなくなって、地域の経済が回らないことを喜ぶ者はいない。もちろん警察がヤクザの代わりに地元にカネを落とすことは、絶対にない。

 ヤクザがいい存在だとは言わないが、かつては地域の住民もヤクザを受け入れていた。現在のようなギスギスした世知辛い社会では、私も生きにくい。

 やはり私は「ヤクザもいる明るい社会」が理想であり、実現を夢見ているのだが......。






miyazaki1111.jpg

宮崎学 プロフィール


1945年京都生まれ。96年に『突破者―戦後史の陰を駆け抜けた50年』(南風社刊、現在は新潮文庫所収)でデビュー、その後は警察などの権力に対する批判やアウトローに関して多くの著書を上梓。近著に『ヤクザとテロリスト 工藤會試論 難民化する「暴力団」、暴力装置化する国家』(イーストプレス)、『現代ヤクザの意気地と修羅場 現役任侠100人の本音』(双葉社)、共著に『平和なき時代の世界地図 戦争と革命と暴力』(祥伝社、佐藤優氏)など多数。