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【入院】『笑点』を50年間支えた桂歌丸の病状

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体調不良のため14日から入院していることが分かった落語家の桂歌丸(80)。

「息が苦しい」と訴えたため診察を受け入院。妻の冨士子さんによると「肺気腫を長年患っているので、数日間入院することになりました」と話し、大事を取って来週以降の高座での復帰する意向とのことだ。

桂歌丸といえば、今年起こった同じ笑点メンバーの円楽不倫騒動の時、記者の「何か円楽さんに言うことがありますか?」という質問に、「もっといい所(ホテル)へ行けと」といったやり取りで笑わすなどその切れ味は健在だ。

1936年横浜市の妓楼「富士楼」で生まれ、遊女に囲まれて育った桂歌丸。子供のころよく聞いていたラジオで落語が好きになり、小学生の時に教室で落語を演じクラスの人気者に。その頃すでに落語家になる決心をしていた歌丸は、1951年中学3年で古今亭今輔師匠に弟子入り。落語家になっても食べられない状態が続き、奥さんと一緒にポーラ化粧品のセールスや、マッチ箱のシール貼りの内職をしてしのいでいた苦労時代をもつ。

1966年5月、笑点の放送が始まって歌丸はレギュラー出演することになったのだが、最初は司会の立川談志と息が合わず、長く持たないだろうと思われていた。ところが1970年に三波伸介が司会を始めたころからメンバー間のやり取りでお互いの悪口を言い合ったり、キャラクターを出せるようになってから人気者に。

2006年、歌丸が司会者となってから、その気配りでメンバー間のやり取りも一段と活発になり、この頃笑点メンバーになった春風亭昇太はこう語っている。

「ネタに困ったらいつでも俺のことをネタにしてもいいよ」と声をかけられた、と。

笑点開始以来のメンバーだった歌丸が笑点50周年の節目に引退をきめたのは今年5月。司会者として高視聴率を支えるも、これまで何回も入退院を繰り返し、体力の限界がその理由だった。

引退後腸閉塞で再度入院していた歌丸は、11月に放送された「徹子の部屋」で新作への意欲を力強く語っている。

「三遊亭円朝の作品をもう一度復活させようと今取り組んでいます。新しい話を覚える。80にもなると苦しい。でもこれが俺の仕事だ、俺の職業だと言い聞かせてやっています。」