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水曜はヤバすぎるアンダーグラウンドエッセイ from 東北

元四次団体組長・張恭市の「刑務所、入ってみたらこうだった!?(後編)」

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とある大手暴力団(日本でいちばん有名なあそこですね)からスッパリと足を洗い、現在は被災地復興のため日々汗を流す「喜多方の帝王」こと張 恭市。そんな福島在住の張が被災地の現況から刑務所の実態まで、ヤバすぎるリアルな話を大いに語り尽くします!


ムショの食事は危険がイッパイ!?


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写真はイメージです


 自由の無い窮屈な生活を余儀なくされ、そんな日頃のストレスからか、普段からは考えられないような陰険なイタズラをするのが、刑務所に収容されている受刑者達。

 まるで小学生のイタズラか?と思わされるぐらい、幼稚で、なおかつ陰険なイジメ、イタズラがたくさんあった。


 工場で作業中、数人の受刑者が、お昼近くになると炊場から運ばれてくる飯を受け取る用意にかかる。

 炊場から運ばれてきた受刑者達の飯を受け取り、そこから工場内にある食堂に運び、皿に盛り付けてお昼までに終わらせるように急いで準備する。

 ある日のこと、飯の盛り付け・配食担当の同囚が、私にある一言を言い残して準備するために食堂に向かった。

「今日、面白いことが起きるよ! 楽しみにしててね(笑)」

 その時、私にはサッパリ意味がわからず、それよりもその日の昼食メニューであるカレーライスが楽しみで仕方なかったので、あまり気に止めなかった。

 午前の「作業止め!」の号令がかかり、一斉にトイレと手洗いの段取りにかかる。

 その後に担当台前に整列し、総員人数を確認した後、全員で食堂に向かう。

 刑務官の「良し!」の号令のあと、全員で「いただきます!」と言ってようやく目の前の飯にありつける。

 1ヶ月に一度かニ度しか出ないカレーライスを、まるで子供のように笑顔で食べまくる受刑者達。この光景だけを見たら、まるで小学生の給食の時間の様に思えるだろう(笑)。

 その時だ。

 私に「今日、面白いことが起きるよ! 楽しみにしててね(笑)」と言っていた配食担当の受刑者が私のことを見て意味ありげに笑っていた。

 懲役の食事中は、会話をしてはいけないことになっており、それを破ると「無断口談」の疑いで連行、懲罰となる。

 そのため、その時私に笑いながらアイコンタクトをしてきた同囚に理由を聞くことができず、食事を終えて自由時間になったら、その訳を聞こうと思った。

 食事を終え、隣に座っていた者と無駄話を楽しんでいた時に、例の配食係の受刑者が私の隣に座ってきた。

「いやぁ、今日のカレーライスは一段と美味しかったですよね? コクがあって♪ ね? ね? そーでしょ?(笑)」

 周りに聞こえるように、わざとらしく配食係の受刑者が私に話し掛けてきた。

 その後に私にだけ聞こえるようにコソコソっと耳打ちしてきた内容を聞いて、私は唖然としてしまった。

「うちらの舎房にいる草野(仮名)、あいつムカつきません? だから、今日みんなであいつのカレーの中に、トイレから調達してきたウンコ、入れてやったんですよ(笑)」

 草野というものは、別に生意気な態度を取っているわけでもなく、むしろおとなしい感じの受刑者で、誰に対しても害のない人間だった。

 なのに、ただ単に自分達のストレス発散だけのためにターゲットを見つけ出し、とんでもない嫌がらせをしていたのだった。

 そのあとも草野に対しての陰険な嫌がらせは続き、工場内に置いてあるタオルにウンコを塗りたくったり、味の薄いスープの時は尿を入れたり、さんざんなことをしていた。

 また、別な者の話によると、イジメはエスカレートしていき、舎房にいる時には、オカズは全て取られて麦飯しか食べさせてもらえなかったらしく、日に日に草野は痩せ細っていった。

 最終的に草野はケツを割り、出役拒否をして作業拒否の事犯で懲罰となり、我々のいた工場から去っていった。

 仮釈放を狙っている者が懲罰になるということは、それだけ印象も悪くなり、仮釈日数が減らされて大打撃となる。

 それでも、毎日のイジメに耐えきれず、草野は逃げていった。

 更正施設と言いながら、日頃のストレスを弱い者にぶつけ、ストレスを発散させて次はいかにして捕まらずに悪さをするか?しか考えていない奴等の集まった所に何年ぶちこまれていても、真人間になんてなれるわけがない。

 法務省、法務大臣もたまに視察だなどと言いながら刑務所を見回りに来たりしているみたいだけれど、そんなんじゃ本当の刑務所の内部事情なんて知ることはできない。

 最低1ヶ月位は、身分を隠して受刑者と同じ生活しながら収容されてみればいい。生きながらにして、地獄を味わえるはずだから。




張 恭市
ちょう きょういち 元、某広域暴力団の三次団体幹部。四次団体組長。前科6犯。20代半ばから30代半ばの大半を、塀の中で過ごす。韓国人の父親、日本人の母親を持つハーフ。7年前に約20年所属していた組織から足を洗い、今は地元で数々の経営に携わり、東日本大震災後、復興支援のチャリティーイベント主催者、ボランティア活動、芸能界とのパイプを利用し、復興ライヴ興行等、幅広く活躍している。