>  > 歌舞伎町 〝阿弥陀如来〟藤井学が振り返る闇金群雄割拠時代 「目端の効く人間はみんな闇金に走っていた」
阿弥陀如来インタビュー

歌舞伎町 〝阿弥陀如来〟藤井学が振り返る闇金群雄割拠時代 「目端の効く人間はみんな闇金に走っていた」

この記事のキーワード:
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

不夜城を駆け抜けた男、実録インタビュー
藤井学(ふじい まなぶ)
聞き手/花田歳彦 撮影/三田正明

闇金の業態には厳密な定義がない。法的解釈の上でいくつかの法令に絡んでいればどのような業態であろうと闇金認定される。登録していない全業者、登録はしているが出資法の制限を超えて貸し付けている業者、登録を取り消されているがそのまま貸金業を行なっている業者、貸金業の登録番号を偽証している業者、固定電話を持たずに携帯電話だけで営業している業者など様々な形があるが、現在はどんどん摘発されている。では、歌舞伎町の阿弥陀如来こと藤井学氏のインタビューに移ろう。


amida07-1.jpg


闇金が貸金登録をとらなくなってから、なおさら裏にもぐっちゃった


──上野、御徒町とかに相当数闇金グループがありましたが、歌舞伎町や池袋の闇金だけが入居しているビルと言うのはありましたか?

「ありましたよ、いっぱいありました。たとえば高田馬場でも、ビル一棟、〇〇グループ、あのビルは違うグループ、と言う様な形のビルが多く点在していましたね」

──ひとつのビルに最大何店舗くらいあったのですか。

「それは、空いてれば借りちゃうし、電話線だけ引いて資料があればどこでも電話で闇金を出来る時代でしたから」

──当時の不良を含めて闇金をやっている組織は何店舗くらい出してたのでしょうか?

数え切れないですね、目端の効く人間はみんな闇金に走っていた時代でしたから。それこそ、住所兼事務所、30万出すから、お前寝泊まりしていいよ、というのもあれば、振込でやれちゃうから、銀行にひとり待機させて、2時間に1回行かせれば振り込めちゃうわけですよ。その後は電話だけ受けてればいいだけの話ですから、どこでも良くなって来ましたね。それで段々、闇金が貸金登録をとらなくなってから、なおさら裏にもぐっちゃった

──当時雑誌でも広告は出てましたけど、住所は何とかビル、とか言ってもほとんど怪しかったし、実際にビルを明記している業者は少なかったし、普通にアルバイト雑誌でも金融のアルバイトを募集していましたよね?

「当時は余裕で出来ましたね」