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水曜はヤバすぎるアンダーグラウンドエッセイ from 東北

元四次団体組長・張恭市の「刑務所、入ってみたらこうだった!?(前編)」

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とある大手暴力団(日本でいちばん有名なあそこですね)からスッパリと足を洗い、現在は被災地復興のため日々汗を流す「喜多方の帝王」こと張 恭市。そんな福島在住の張が被災地の現況から刑務所の実態まで、ヤバすぎるリアルな話を大いに語り尽くします!


待っていたのは地獄のようなイジメ!?


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写真はイメージです


 受刑者が刑務所内で許されること。それは「息をすること」「夢を見ること」のみ。ほかは何をするにでも刑務官の許可を得なければならない。

 夕食を終え、就寝時間の午後9時までは自由時間となるわけだけど、その時には部屋の中に備え付けられた囲碁や将棋をしても構わないということで、現実逃避のために遊戯に没頭する。暇をもて余した受刑者達は、窮屈な『今』を忘れたいからだ。

 しかし、その時でさえ、刑務官に許可を得なければならない。

 報知器を押し、舎房にいる受刑者達が正座をして、刑務官が来るのをひたすら待つ。

 報知器に気付き、刑務官が窓を開けて「用件は?」と言われてから、初めてこちらから話すことが許される。

「囲碁将棋等の娯楽を楽しみたいため、囲碁将棋等の娯楽の許可のほど、宜しくお願い致します!!」

 その後に刑務官から「良し!」と言われてようやく囲碁や将棋が出来る。

 まさに懲役受刑者は、"生かさず殺さず"扱われているのだ。

 昼間、工場にいる時などは、もっとそれ以上、何をするにでも刑務官の許可なくしてはいけない。

 たとえば作業中、許可なく勝手に同囚と話しただけで『無断口談』となり、懲罰の対象となる。

 自然現象であるトイレをもよおした場合でも、勝手にトイレに行ってはいけない。

 担当台に立つ刑務官に聞こえるような大声で「用便願います!」と申し出て、「良し!」と言われてから、やっとトイレに行けるのである。

 さて、私が分類センターから移送先の刑務所にアカ落ちしてからの話だ。

 いつもおっちょこちょいで、担当刑務官にヅケ(印象)が悪い廣井(仮名)という、当時の私と同じ年(26歳)の受刑者がいた。

 ある日のこと、そいつは朝から「お腹の調子が悪い」と言っており、時折自分のお腹を押さえながら我慢しつつ作業をしていた。

 しかし、さすがに我慢の限界がきたのか、刑務官に「用便願います!」と申し出た。

 しかし、その申し出を担当刑務官は無視をした。

 何度も何度も廣井は「用便願います!」と大声で叫んでいた。

 しかし、担当刑務官は薄ら笑いを浮かべながらも、それに対しての返答はしなかった。

 その嫌がらせの結果、廣井は工場のど真ん中で糞を垂れ流しにし、工場内の受刑者達から笑われ者となり、出所するまでの間、ずっと「くそ漏らし」というアダ名をつけられ、イジメられることとなってしまった。

 そんな廣井のことを見て見ぬ振りは出来ず、私が助けてやっていたが、ちょっとした違反行為で連行となり懲罰となってしまったので、最後まで廣井のことを助けてやることは出来なかった。

 今現在の刑務所では、こういった刑務官の嫌がらせやイタズラは無くなったと信じたいが、一昔前まではこんな嫌がらせがたくさんあった。

 次回は、同囚からの陰険なイジメの話を皆さんにお伝えしようと思います。




張 恭市
ちょう きょういち 元、某広域暴力団の三次団体幹部。四次団体組長。前科6犯。20代半ばから30代半ばの大半を、塀の中で過ごす。韓国人の父親、日本人の母親を持つハーフ。7年前に約20年所属していた組織から足を洗い、今は地元で数々の経営に携わり、東日本大震災後、復興支援のチャリティーイベント主催者、ボランティア活動、芸能界とのパイプを利用し、復興ライヴ興行等、幅広く活躍している。