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水曜はヤバすぎるアンダーグラウンドエッセイ from 東北

元四次団体組長・張恭市の「腹いっぱいの甘シャリ、胸いっぱいの思い」

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とある大手暴力団(日本でいちばん有名なあそこですね)からスッパリと足を洗い、現在は被災地復興のため日々汗を流す「喜多方の帝王」こと張 恭市。そんな福島在住の張が被災地の現況から刑務所の実態まで、ヤバすぎるリアルな話を大いに語り尽くします!


史上最短!? 3日間だけの刑務所生活


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厚生省ホームページ「川越少年刑務所」


※ここまでのあらすじ......今をさかのぼること10数年前、傷害事件で逮捕された張恭市青年(当時)は、宮城刑務所にある分類センター(受刑者に面談などを行ない、どこの刑務所に移送するか判断する施設のこと)で、モヤモヤした日々を送っていた。26歳の自分は、少年刑務所に送られるのか、それとも成人刑務所に送られるのか......。そして、官側が下した判断は「埼玉県にある川越少年刑務所に移送」というもの。不安な気持ちを抱え、刑務官とともに新幹線に乗り込んだ張恭市青年を待ち受けていたものとは──


 手錠をはめられ、腰ひもを数珠繋ぎにされて宮城刑務所・分類センターから新幹線に乗せられて埼玉県にある川越少年刑務所に移送されてきた私に、刑務所に到着してからすぐにとんでもない一言が新入担当の刑務官から発せられた。

「26歳? え? なんで君はここに来たの?」

「なんで?」はこっちのセリフである。

 行けと言われたからこっちは大衆の面前にさらされて川越までやってきたというのに、到着早々「なんで来たの?」はないだろ?

「ま、いいや。とりあえず、今着てる服を脱いで懲役服に着替えて」

 ここで私と一緒に移送されてきた梅雨崎(仮名)とは離ればなれとなった。

 お互い、分類室にあるビックリ箱にいれられ、私が先に出されて連れていかれたので、その後の梅雨崎の動向はわからず終いとなってしまった。


 ここでの新入舎房は全員、独居房となっており、新入の行動訓練期間中の3週間は誰とも話すことは出来ないようで、しばらくは孤独との戦いになりそうだと腹を括った。

 しかし、川越少年刑務所に移送されてきて驚いたことがあった。

 まず、宮城刑務所と違って刑務官の対応が優しく、丁寧だったこと。

 また、夕食後は若者向けのCDを流してくれたこと。

 そして一番良かったのが、オカズが最高に美味かったことだろう。

 噂では、少年刑務所なので育ち盛りというのもあって、肉料理が多く、甘シャリ(小豆煮)がよその刑務所より味付けが甘くて量もたくさんあるとのことだったが、その噂は当たっており、食事に飢えていた受刑生活中にはたまらない献立だった。

 金曜日に移送され、その日の晩飯に喜び、次の日は土曜日で免業日となるで、これからの受刑者生活をどう過ごすか考えながらゆっくり休むとするかと思ってると、驚きの一言。

「悪いな、何かの手違いでさ、また宮城刑務所に戻るから。な、ごめん」

「はぁ?俺、何しに川越まで来たの?」である(笑)